第2話 いなかっぺ

 『トコスト-ジスコ 1』の看板を出発してから大分走り、陽が傾いてきたころに王都の端が見えてきた。多分…… 街自体はまだ見えていないが、西側に農場のようなものが見えてきたからだ。あれが話に聞いていた大農園と言うやつかもしれない。


「ちょっといったん休憩しましょうね。

 街へ入ってからではできないからさ」


「ミーヤさま? なにができないの?」


「ふふ、ちょっと待っててね」


 ミーヤはそう言ってから蓋つきの鍋とオリーブオイルを取り出した。それと昨晩セットしておいたフードドライヤーだ。その中からトウモロコシを取り出すと、カラカラに乾いている。どうやらうまくいきそうである。


 トウモロコシの種子を剥がそうとすると、次から次へと簡単に取れていき、カラカラという音を立てながら鍋に落ちていく。どうやらこれは料理スキルによる補助が働いているらしい。


 種を剥がすことを考えているだけで、力も入れずに取れていくのはかなり気持ちが良い。例えは悪いが、かさぶたがきれいに剥けた様な、そんな気分である。


 取り外した種子全体にまんべんなく油をまぶしてから鍋に蓋をして火にかける。そう言えばミトンなんてものは持っていなかったため、麻のタオルで鍋を持って揺らしながら炒っていく。


 五分十分すると『ポン』と第一声が鳴ってチカマが飛び跳ねて驚いた。その後もポンポンと良い音が鳴りその度にチカマはビックリして腰を浮かしている。小気味好い音がしばらく続いた後、ミーヤの頭の中にも音が鳴った。


『プップップ、プププププ、ププ、ポポーン』


 これは何の音だ!? どうやら外から聞こえたのではなく、頭の中だけに聞こえたようである。もしかしてと思い、ポップコーンを作ることを思い浮かべると、頭の中にレシピが浮かんできた。なるほど、これが『レシピが降ってくる』ということらしい。


 初めての体験ににんやりしていると、チカマが不思議そうに覗き込んできた。どうやら相当へんな顔をしていたようで恥ずかしくなる。それをごまかすようにミーヤはポップコーンの説明を始めた。


「もうすぐできるからね。

 これはトウモロコシで作ったポップコーンと言うお菓子よ。

 砂糖でもいいけど塩で味付けするのがお勧めかな」


「ミーヤさまにおまかせ。

 初めて食べるからわからないしね」


 爆ぜる音が聞こえなくなってきたので、火を止めて少し待ってから蓋をあける。そこへ塩を振りかけて上下を返すようによく混ぜていく。それでは試食をはじめようと言って二人で食べ始めた。


「しょっぱくておいしいね。

 なんだかふわふわしてる」


「そうね、なかなかうまくできたわ。

 これもジスコでは見かけなかったから売れるかもしれないわね」


「ミーヤさまよくぶかい。

 お金大好きなの?」


「キライじゃないけどね。

 どちらかと言うと、カナイ村で作ってジスコへ売り込みたいのよ。

 そうしたらマールも村のみんなも裕福になれると思っているの」


 チカマにはピンと来ていないようだ。そりゃ自分の知らない村のことを言われても、なんとも思わないかもしれない。だけどミーヤはチカマも連れて帰って一緒に住むつもりでいるのだ。別に秘密ではなく前に行ったことはあるけど、まだその場に直面しているわけではないので意識することはないのだろう。


 もちろんチカマがジスコに住みたいと言えばそうしてもらうつもりだし、無いとは思うがバタバ村へ戻りたいと言うことだって可能性としてはゼロではない。だがやっぱりミーヤの思い描く未来に映るのは、カナイ村で過ごすミーヤとマール、そしてチカマの姿だった。


 その場にイライザがいることは難しいかもしれないが、レナージュはもしかしたら一緒にカナイ村へ来てくれると考えていた。でもそれは甘い考えだと今になってみれば思うのだった。


 おやつも食べ終わったので暗くなる前に王都へ入ることにしよう。北へ向かって進んできたのでこちらにあるのが南門と言うことになるのだろう。


 王都トコストとは言え、城壁はやっぱり丸太造りの木製だった。トコストの近くはジスコ同様平野部だし、石垣に使えるような岩が取れるのはローメンデル山の中腹くらいしかなさそうだ。


 そのため簡素に見えなくもないが、所々に金属製の補強材が見えてジスコとの差を感じる。門に並んでいる人たちの数はそれほどでもないので、何時間もまたさせることはなさそうなのでホッとした。


 ジスコよりもかなり大きな門は出入り口が分かれているだけでなく、馬車と徒歩も分けてあるようだ。さっきから出て行く荷馬車の点検に時間をかけている様子がうかがえる。おそらくは禁制品の持ちだしを確認しているのかもしれない。


 でもポケットへ入れて持ち運ばれたら防ぎようもないし、そこまで神経質になるほどのものもなさそうだ。なんといっても綿花も豆も別に持出し不可と言うわけではなかったのだから。となると武具の類か家畜か、はたまた人かもしれない。


 そんなことを考えているうちにミーヤたちの番が回ってきた。前回と違ってすでに身分登録が住んでいるのであっさりと入れるはずである。


 しかし! ここでもまた止められてしまった。もしかしたら身分登録の際、神人だと言うことも記録していたのかもしれない。でもローメンデル卿がミーヤを囲っていたいと考えていたら、わざわざ外部へ知らせるようなことはしないだろう。


 それならなぜ止められたのか、それはすぐに分かった。


「申し訳ないが、調教済みであっても魔獣の搬入は認められない。

 表で待たせておくか魔封結晶へ入れて持ちこんでくれ」


「ええ!? そんなこと知りませんでした。

 魔封結晶は王都内のどこかに売っていますか?」


「うーん、道具屋か細工屋にあるかもしれないが詳しくはわからん。

 あれは本来魔導道具なのでな」


 魔導道具だとなんなんだろう。仕方ないので城壁のそばで待たせておくしかない。念のため肉を上げてご機嫌をとっておこう。ここで待ってるのよ、と言うとナイトメアはブルルンと返事をしてくれた。


「しょうがない、チカマ行こう。

 魔封結晶っていうのが売って無かったら諦めて外でキャンプだね」


「ボクはどこでもいいよ。

 ミーヤさまと一緒だからね」


 懲りないミーヤは、やっぱりチカマをぎゅっと抱きしめて頭をくしゃくしゃにした。でも前よりは嫌がってないし、むしろ喜んでいるようにも見える。チカマとの距離感が少し縮まっているのかもしれない。


 門の中へ入ると、まずその人の多さに圧倒された。カナイ村からジスコへ来た時にも相当の人口だと驚いたのだが、さすが王都は規模が違う。どこを見ても人人人で目が回りそうである。


 南門のすぐそばには神殿が有り神柱があった。せっかくなので移動先登録をしてから周囲を散策してみることにする。しばらく歩くと街の中心なのだろうか。レンガが敷かれた広場があった。そう言えばレンガも初めて見た気がする。


 広場は円形になっており、南、北東、北西方向へ道が伸びている。確かトコストには神柱が三本あると聞いたのでおそらく神殿へ向かって伸びているのだろう。現に南の道は今来た道だ。


 チカマはあちこちに見える食べ物屋が気になっているようだが、ミーヤは魔封結晶なるものを探さなければならない。確かテイマーには必須だと聞いていたことだし、もしかしたら冒険者組合に行けば教えてもらえるかもしれない。


 それにしても道がわかりにくく、どこに何があるのかが分からずおろおろしてしまう。二人の行動は、完全におのぼりさんのそれだ。そう自覚すると、なんだか周囲の人たちがこちらを見ているような気になってきてしまう。自意識過剰だとは思うのだけど、そう思い始めると気になって仕方ないのだ。


 すると突然誰かに声をかけられた。振り向くとそこには子供、ではないはずだけど、チカマよりも背の低い鬼の男の子が立っていた。これが有角人と言うやつだろうか。


「お姉さん? 旅の方でしょ?

 いい宿屋紹介しますよ?

 旅の埃を落とさないと落ち着いて街を歩くこともできないでしょ?」


「ああ、やっぱり格好でわかっちゃうのかな?

 身ぎれいにしてる人ばかりだものね」


 見られていたのは全然気のせいじゃなかった。あの汚い二人はなんだね? みたいに思われていたのだろう。まったくさっそく恥をかいてしまった。


「二人部屋で夕飯と水浴びがついて一人3000だからお得だよ。

 王都では素泊まりで5000取るところだってあるんだからね」


「高いわねえ…… ジスコの倍以上するわよ?

 食事はどうなの? 王都はおいしいのかしら?」


「焼いた肉と麦粥に飲み物一杯付きだからまあ普通だと思うけど?

 もしかして食べ物にこだわりある人?

 なら素泊まりでもいいけど500しかまからないからね」


「いいえ、ご飯付きでいいわ。

 王都の食事にも興味があるもの。

 場所は近いの? 南門の外に魔獣を置いたままなのよね。

 あと冒険者組合の場所教えてもらえないかしら」


「なんだ、なんにも知らないんだなあ。

 じゃあ街の地図も必要だろ? これね」


 親切に渡してくれたなんて思わない。絶対に売りつけられるのだろう事は、すでに経験済みのミーヤにはお見通しだ。


「それでいくら取ろうって言うのかしら?

 宿の紹介料が入るんでしょ? それで満足してなさいよ」


「ちぇ、しっかりしてら。

 じゃあこれは200でいいよ。

 でもこれは羊皮紙代だからね」


 まったくしっかりしているのはどっちなのか。とりあえずミーヤたちは鬼の子についてくことにした。

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