性格の分かれた引きこもり妹はヤクザでした
@asamira
第1話プロローグ
「お兄ちゃん? 聞いてんの?」
ん……なんだ?
俺の耳には懐かしい声が聞こえる。
目を開けようとするも、窓から入る光が邪魔をした。
そこには見覚えのあるテレビ。
視界左端に妹の雷の姿がある。
外からは止むことのない蝉の声が聞こえ、俺は一瞬、思考が停止した。
「え? 雷?」
困惑して、咄嗟に口を開く。
「はぁ? 急にどうしたの?」
雷は怒ったように返した。
その言葉に応えることも忘れ、徐々に俺の頭は回転し始めた。
今俺がいる場所は昔住んでいた家なのだ。
だが、今では経済的問題が出てきて違うアパートに引っ越している。
そもそもなんでここにいるんだ……?
少し考えていると、昔読んだ本が頭に浮かんだ。
1人の憂鬱なサラリーマンが自殺しようとしたら過去に戻っていた話だ。
あ、なるほど。
これがタイムトラベルというものか。
……………………。
いや、ないな。
ただの夢だ。
「え、えっと……なんの話だっけ……?」
俺の回答に雷はため息をついて返す。
「だから、部活に行くのか、私の誕生日を祝ってくれるのか聞いてんの……」
「誕生日パーティー?」
カレンダーを見ると、7月14日。
雷の誕生日だった。
なるほど。
どうやら、夢でも過去の言動や行動に変わりはないらしい。
俺は数ヶ月前、これと同じ会話をしていた。
「そうだよ。でも、もう諦めてるよ。さっきから部活の一点張りだったし……」
昔の俺は部活を理由に、誕生日である妹を一人にしたのだった。
過去の言動や行動に変わりはない。
だが、それは"俺の周りが"という話で、当たり前だが自分の反応は選べるようだ。
そういうことなら……。
「いや……祝うよ」
「え?」
雷はその答えに唖然としている。
「どうしたの急に? 別に無理しなくていいよ。友達も待ってるんでしょ?」
いや、そうなんだけど!
かなり待たせているんだけど!
今は引きこもりとなってしまった雷の誕生日だ。
たとえ夢の中だとしても、夢の中くらい楽しみたい。
「友達にはいつでも会えるだろ?」
「誕生日だって毎年あるじゃん!」
あれだけ祝って欲しそうなことを言っていたくせに、いざ祝うとなると、止めてくるのはなぜだろうか。
だが、そんなところも可愛いと思ってしまう俺がいる。
「いいから! ケーキでも買いに行く?」
俺が聞くと、雷はしばらく考えるようにしてから、満面の笑みでうなずいた。
「う……うん!」
上目遣いでこちらを見てくる雷の顔は兄でも惚れてしまうほどだ。
いや……兄だからだろうか。
「じゃあ、準備してくるから!」
そう言って、雷は奥の自室へ走る。
雷の背中は、何の悩みもない、純粋な、小さな背中だった。
こんな頃もあったんだな……。
昔の思い出に体で浸りながら、俺も準備を始めた。
まずは部活の奴らに連絡して、あー……金足りるかな。
まぁ、途中で下ろせるか。
何もない、普通の生活。
それなのに、俺の中で何かが引っかかっていた。
忘れてはいけないような感じの何か。
…………まぁ、いいか。
忘れるようなことは大したことじゃないと聞いたことがある。
そんなことを考えながら、準備を終えた。
「お兄ちゃん、終わったよぉ」
雷も早く早くという急かす感じで近くにいる。
だが、幸せの絶頂にいる時ほど転けやすいという。
その時は意外と早く来た。
「ん? お兄ちゃん、なんか鳴ってない?」
「え、あ、本当だ。キッチンか?」
音の方へ向かうと、キッチンの家電が鳴っていたのだ。
…………。
嫌な予感が増しながら、受話器を取る。
「はい、楠木です」
「楠木さんの息子さんでしょうか」
「はい……そうですが……」
「実はお母様のことで……」
電話を終えた後。
あの感覚が振り返ってきた。
絶望というより悲しみ。
引っかかっていたものはこれだった。
というか、どうして忘れていたんだ!?
まぁ、いいかで済ませていた自分を今頃責める。
俺の足は、頭より早く動いていた。
扉を乱暴に開け、階段を降りる。
幸せの絶頂にいる時ほど、転けやすい。
俺は、どこかの漫画のように足を滑らせる。
「お兄ちゃん!」
雷の言葉ももう遅い。
そして……頭から落ちた。
頭部から背中の辺りまで激痛が走り、俺は頭を抑える。
この夢で最後に見たのは、血で染まった手。
視界左端に妹の雷の姿。
泣いている雷の姿。
そのまま俺は目を閉じた。
目が覚めた。
ここはどこだ?
電車内から窓の外を覗いても、全く知らない景色。
俺は最寄駅から10駅程度離れた場所にいたのだ。おわった。
普段の疲れのせいか、寝過ごしていたのだ。
まぁ、学生あるあるである。
普通ならちょっと帰るのがめんどくさいが、死ぬほどやばいわけではないだろう。
だが、俺の場合では違うのだ。
帰るのがどうとかそういう問題ではなく、母親がいない家では、自分が家庭を支えなければいけない。
その一方で、これから先の就職で不利にならないためにも、学校にも通っている。
家事、勉強の2つを両持ちしている俺は、1日のスケジュールがぎっしりと詰まっているのだ。
つまり、1つのペースを崩すと、他も全て崩れていく。
そうなると……。
頭の中で、ゾンビみたいな血相をした自分の家事姿が浮かぶ。
……崩れたペースを超ハイペースで治さなければいけない。
やばい……。
俺は次の駅に着いた瞬間、反対方面の電車に飛び乗った。
車内はギリギリ入れるスペースがあるくらいで、基本は立っていなければいけない。
揺れる電車の中、体制を保ちつつ、俺はこれから片付ける大量の課題に青ざめていた。
提出物、洗濯物、それに妹も心配だ。
中学生なので流石に何も食べずに餓死なんてことはありえないが、兄という立場からしてみればどこか心配なのだ。
妹の雷は中学1年。
絶賛反抗期、思春期中。
そして、引きこもりなのである。
少し学校に誘っただけでもすぐ腹パンされるので、今はまだ安静にという理由で腹パンを避けているところがある。
そして、引きこもりの理由というのは1年前の母の事故死である。
よりにもよって誕生日の日のことだったから、とてつもないショックだったと思う。
事故現場に真っ赤に染まったケーキが潰れていたところを見た時には俺も雷も大号泣していた。
本当ならあのケーキを今頃食べていたはずなのに……。
死んだのが違う人だったらなんて考えもその時には頭をよぎった。
そのうえ犯人は轢き逃げでまだ捕まっていないらしい。
まぁ、そんなことがあって今、俺1人の収入。
収入といってもそんなに多いわけでもないが、なんとかやっている。
1時間弱で、最寄駅に着いた。
扉を出て、人をかき分けながらダッシュする。
今は早く家に帰りたい。
とにかく一旦落ち着きたい。
……落ち着く暇があったなら。
妹の顔を一度見たい。
……妹が見せてくれれば。
とにかく俺は走った。
だんだんと息が切れてきた頃……。
「いった!」
角で人にぶつかったのだ。
その時、なんとなく妹の匂いを感じた。
「すみま……」
俺が謝ろうとした瞬間。
「グッ!」
声にならない声が喉から出た。
涙が浮かび始める顔を上げ、前を見ると。
……そこには、雷の顔があった。
「え!?らっ!」
もう一言を聞くこともなく、雷は俺にもう一撃を入れ気絶させた。
「……おい。アニキ」
ん……全身が痛む。
俺の耳には聞き慣れた声が聞こえた。
目を開けようとするも、街灯が邪魔をする。
……えっ?
……そこには強面の私服おじさんたちと上から俺を見下す妹の姿があった。
性格の分かれた引きこもり妹はヤクザでした @asamira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。性格の分かれた引きこもり妹はヤクザでしたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます