第10話

 「シャオちゃん! ちょっと待って!!」

 教室から蒼樹が叫んだ。

 そっと、扉を開き蒼樹は震えながら廊下に出て行く。

 「あらぁ、蒼樹じゃない―――――可愛いわねぇ。偉いわねぇ。ちゃんと出てきて死にに来るなんて」

 恍惚とした表情の小燐はゆっくりと蒼樹に近付いていく。

 手には小型だが両刃の剣が不気味に輝いている。

 「あ、あははは……やっぱりわたし、殺されちゃうのかな?」

 震えが止まらない。

 殺気をぶつけられて今にも膝から崩れ落ちそうだった。

 「そうだねぇ。私は蒼樹を殺さなきゃ―――――それに、

 そう言えば偶然とはいえ彼女と揉め突き放した時に鋭利に尖った棒が彼女の胸部を貫いたのを思い出した。

 「そ、それはゴメン……何か、わたしもテンパっちゃって―――――って謝っても赦してくれない、よね?」

 「ん~、ダメェ」

 ですよね、と蒼樹は思った。

 ゆっくりと小燐が近付き、ゆっくりと蒼樹は一歩下がる。

 教室から少しづつだが、離れて行こうとしていた時、

 「あ、そうだ」

 何かに気付いた小燐は符を構えると詠唱なしに先ほどまで蒼樹達が隠れていた教室を吹き飛ばした。

 激しい爆音が轟き蒼樹の聴覚を一瞬で奪う。

 耳を抑え廊下を転がるように吹き飛んだ蒼樹は目を見開いた。

 先ほどまで自分達がいた教室が跡形も無くなっていたのだ。

 「さっきのあの餓鬼は一緒じゃないのかな? もしかしてぇ、この教室に隠れて後で私に不意を突こうとしてたとか? チョーウケるんですけど」

 小燐の後ろを見てみると彼女が通った教室はおろか廊下までも完全に破壊されている事に気付いた。

 「そ、んな」

 言葉が出ない。

 その教室には―――――。

 「あ、その顔はやっぱりあの餓鬼いたんだぁ…………残念だったねぇ。もしかしたら奇跡、起きたかもしれないのにねぇ」

 ニタニタと嗤いながら小燐が近付く。

 一歩、また一歩と近付く小燐に対し蒼樹はその場で膝から崩れてしまった。

 その絶望した表情を見て小燐は悦楽に浸る。

 「あは、あはははは!! いいねぇいいねぇその表情! 私はそんな顔をする人は大好きよ。希望が一瞬で絶望に! 楽しくて愉しくて仕方がないわぁ!!」

 ギラリと光る剣を振り上げる。

 距離はゼロ。

 振り下ろせば蒼樹の身体は真っ二つにされるだろうと簡単に想像が出来た。

 「最後に――――――」

 「ん?」

 蒼樹が呟く。

 その声は恐怖に支配された小さい声――――――――――、

 「最後にいいかな? シャオちゃん」

 

 恐怖心はある。心細くて今にも全てが崩れそうだ。しかし蒼樹は力強く、目を見開き小燐を睨みつける。

 「希望を絶望にとか、殺すとか、簡単に言わないで! わたしは生きるよ! そうやってアイツと―――――洸太郎と約束したんだから! それに――――――」

 暗い廊下に影が走った。

 一瞬だけなので鳥が通ったのか、とも思ったが。いるのは最早ここにいる二人と、外で戦っている紅月輝夜と怨鬼しか残っていないはずだ。

 小燐が意識を散漫させていると、目の前にいる震えていたはずの蒼樹しょうじょが真っ直ぐにこちらを見ていた。

 「わたしは、絶対に死んでなんかやらない!!」

 同時に影が大きくなってくる。

 小燐は外へ思わず目を向けその隙に蒼樹は思い切り後ろへ下がった。

 同時に、

 影は窓を突き破り驚き戸惑う小燐の顔面に強く握り締めた拳を洸太郎が叩き付ける。

 「ごっ、あっ、バァッ!?」

 完全に不意を突かれた小燐はまともに受け身を取れないまま床に打ち付けられ転がっていく。

 「ったく、蒼樹にも困ったもんだ。って、無茶ぶりしやがって―――――でも、助かった」

 教室で別れた後、ここにいると的になってしまうだろうと予測した洸太郎は教室の外に設置されていた雨樋から上の教室に避難していた。

 その後、案の定破壊された教室に冷汗をかきながら上の教室から奇襲をかける事に成功したのだ。

 ちらりと蒼樹へ視線を向ける。

 顔色はあまり良くないがそれでも気丈に振る舞い洸太郎へ親指を立てる。

 洸太郎はそれを見ると少し笑いそのまま一気に小燐との距離を詰める。

 女性に対して体勢を崩しているところへの追撃は僅かに心が痛むが今はそんな事を言っている場合ではない。

 洸太郎は記憶を失っているので自分の武器を知らない。

 今自分が信じられるのは己の身一つなのだから。

 「う、お、オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 拳を振りかぶり小燐へ向かう洸太郎。

 しかし―――――。

 「金剛符、護りて砕け」

 半透明の障壁が小燐を護るように展開される。

 金剛石が如く硬度を持ち、

 輝夜はいとも簡単に突破する事が出来たが、何の知識もない洸太郎はその事を知らない。

 凶暴な笑みを浮かべ小燐はこの後の展開を期待するかのように無防備になる。

 洸太郎はその表情を見て罠かと勘繰るも、他になす術はなくそのまま突っ込んで拳を振り下ろし――――――――――。

 「洸太郎!! ダメェッッッ!!」

 

 「「!!?」」

 小燐は驚愕し、洸太郎は何かを悟ったかのように拳を急停止させた。

 突然の停止に身体が悲鳴を上げるが洸太郎は転がるように小燐の隣を素通りする。

 「な、んで―――――?」

 小燐は蒼樹を睨みつける。

 何故、

 しかし、その注意力の散漫が、

 背後にいた洸太郎の存在を失念してしまっていた。

 「しまっ!?」

 「こ、ンのおおおおおぉおおおぉぉぉぉッッッ!!」

 今度こそ洸太郎の拳は小燐の顔面に深々と突き刺さる。

 ゴツッッッ!! と鼓膜に響くほどの衝撃が小燐の意識を刈り取る。

 そして、

 そのまま小燐は背中を激しく打ち付け倒れた。

 静寂が辺りを包み込む。

 肩で息をしていた洸太郎はしばらく動く事が出来なかった。

 同じく蒼樹もまた二人の様子を見ていた。

 「――――――――――た、助かった…………の?」

 声を掛ける。

 反応は無いだろうから気を失っているのは間違いないのだろうが、それでも油断は出来ない状況だった。

 「分かんねぇ。けど今のところは大丈夫だと思うけど…………それより蒼樹。さっきの?」

 蒼樹が教えてくれなければ知らない内に小燐の道術に引っ掛かっていたかもしれない。

 結果として洸太郎は命拾いしたのだが、それでも蒼樹の発言にはどこか不思議なものがあった。

 「それが……何て言うのかな? 洸太郎が突っ込んで行った時に何かこう、危ないって思ったの―――――何でだろう?」

 二人とも記憶は無い。

 だが、終わり良ければ総て良しという事で気を抜いていると、



 じゃりぃっ、と洸太郎の背後で小燐が幽鬼のように立ち上がった。



 「!!?」

 洸太郎はバックステップで蒼樹を護るように立ち塞がる。

 「あぁ、驚いたわ」

 その目には一切の感情は無かった。

 虚無とも言える表情を小燐は二人へ向ける。

 「ホント、『怨鬼』をあの女にぶつけといて私は貴方達を狩る事にしたんだけどまさかそれが裏目に出るとはね―――――?」

 召喚? 普通じゃない?

 何を言っているのか聞こうとした時、小燐は狂ったように嗤いだす。

 「ひ、ひひっ――――――ひゃはははははははははははははははッッッッッッッッ!! いいわいいわァ!! アンタ達は私が! 全力で! 殺してやる!! アンタ達の後にあの女を!! これ以上!!」

 叫ぶと自身が持っていた符を一気に破り捨てる。

 ゴゥッッッッ! と彼女を中心に雷鳴を纏った暴風が巻き起こる。

 「アンタ達も私みたいにイカれる前にきっちりしっかりと殺してあげる!!」

 バキバキバキッッッ、と骨格が砕ける音が二人の耳に届いた。

 黒かった髪は白く染まり、華奢だった身体は二倍、三倍と膨れていき、小綺麗な顔立ちは徐々に歪んでいき――――――――――。

 「あ、―――――あぁっ」

 洸太郎の後ろでは蒼樹の震える声が聞こえてくる。

 無理もない。

 これは―――――この姿はまるで、

 「さぁあアアアっ、はじ、めマショうか」

 小燐が、輝夜と戦わせる為に召喚したあの『怨鬼』と同じように、

 「死ねェェェェェェェェェェェェェェェッッッッッッ!!!」

 小燐自身が姿も〝鬼〟のように変化していた。

 

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