第9話

 少し離れた場所で輝夜が戦闘を開始している時、洸太郎と蒼樹は静かな場所に避難していた。

 夕日に染まった教室の面影はなく、今は薄暗くなった教室に息を殺しながら身を潜めていた。

 「一体何なのよ…………何がどうなって」

 蒼樹は混乱している。

 無理もない。

 洸太郎も混乱しているがそれでも二人がそうなってしまうと収拾がつかなくなってしまう。

 なので冷静に洸太郎は気持ちを落ち着かせる。

 「多分大丈夫だろう。何かそんな感じがする」

 「でも、シャオちゃん普通じゃなかったよ!? しかもあの大きいの何なの? 一体わたしたちどうなっちゃうの!?」

 しがみつくように洸太郎の制服を握り締める。

 その手は震えており、そっとその手を包む。

 「俺も正直分からない事だらけだ。でもここでテンパっちまったらそれこそ今まで頑張ってきたモンが全部なくなっちまう―――――だから、落ち着こうじゃねーの」

 しっかりと蒼樹の瞳を見て話す。

 怖いのは洸太郎も同じだ。

 だがここで自分も混乱すると、今まで必死に頑張って生き残ってきたのが無駄になってしまう。

 だから洸太郎は輝夜に賭けている。

 あんな化け物相手に涼しい顔で戦っていたのだ。

 大丈夫、と言うのはそういった意味も込めての事だろう。

 「アイツは勝つよ。さっき初めて会ったばっかだけどそんな感じがする。だから―――――」



 「かっくれったネズミでってきなさぁい」



 おどろおどろしい声が耳に届いた。

 二人は息を呑む。

 一瞬静かになった教室に微かに響く爆音や破壊音が耳に届く。

 どうやら輝夜は戦闘中なようで安心したが、そこで洸太郎に疑問が残る。

 では、今の声の主は?

 すると、今度ははっきりと二人の耳に不気味な歌が聞こえてきた。

 「かっくれったネズミでってきなさぁい。こわぁいこわぁいネコさんがぁ、あなたをイジメにやってきたぁ」

 聞き覚えのある声に戦慄が走る。

 どうやら声の主シャオリンは戦線を離脱し、二人を追ってきたようだった。

 「マジかよ……」

 小声で呟いた。

 先ほどは相手が格下と見下して油断をしていたから輝夜がその不意を突けた。

 しかし、頼みの綱である輝夜は恐らくあの巨体の鬼と戦闘している最中なのだろう。

 そして、手が空いた小燐は逃げた二人を追ってここまで来たのだ。

 さながら先ほどまでの『鬼ごっこ』の続きをしているのだろう。

 声は徐々に近付いてくる。

 「かっくれったネズミでってきなさぁい。こわぁいこわぁいネコさんがぁ、あなたをイジメにやってきたぁ。だぁかぁらぁ、かっくれったネズミでってきなさぁい。こわぁいこわぁいネコさんがぁ、あなたをイジメにやってきたぁ―――――ここかなぁ?」

 ズドン! と近くの教室が吹き飛ぶ音が聞こえた。

 その破壊された衝撃は二人の身体の奥にまで響いてくる。

 「あれれぇ、おっかしぃなぁ…………とっなりっかなぁ?」

 ズドドンッッッ!! と隣の教室が破壊される音が分かった。

 蒼樹は恐怖で小刻みに震えている。

 その表情はもう強張っていた。

 次は、

 「つっぎはこっちかなぁ? はぁやぁくでてこないとぶちころしぃ」

 えらく物騒な歌を歌うもんだと洸太郎は思ったが、先ほどの破壊音を聞くに向こうも一切の手加減はしないという事なのだろう。

 ならば、

 「蒼樹」

 静かに小声で、洸太郎は話し始めた。

 「俺が囮になる。アイツを引き付けておくからその隙に逃げろ」

 その提案に蒼樹は制服を握る手に力を籠め強く首を横に振った。

 行くな、という事だろう。

 しかし、この場に居ては二人ともゲームオーバーだ。

 だから洸太郎はそっと蒼樹の頭に手を置いた。

 「大丈夫。俺は死なないし死にたくない。蒼樹を見捨てるつもりもなけりゃ置いていかねぇ―――――」

 相手はあんな化け物を使役し、道術という妙な技を使うイレギュラーだ。

 ならば、

 「ちょっとでも勝率と生存率上げる方を選択する。言ったろ? 俺は何が何だか分からないまま死にたくねぇし、生き残るなら三人一緒だ」

 そう言って洸太郎は覚悟を決める。

 彼の決意に蒼樹は思う事があるのか握り締めていた手の力を緩めていく。

 「ちょっと待って……」

 蒼樹が再び止めに入った。

 しかしその瞳は先ほどの恐怖の色に染まっているわけではなく、光を取り戻したようにも思えた。

 「もしかしたら、何だけど―――――」

 こっそりと蒼樹は洸太郎に耳打ちをした。

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