第8話

 紅月輝夜と小燐は一歩も動く事はなく互いに対峙していた。

 輝夜が涼しい顔をしながら構えている一方、小燐は構わず殺気を振り撒いている。

 静と動。

 陰と陽。

 正反対の性質を持つ二人が今にも衝突する気配を傍にいた洸太郎には伝わっていた。

 そして、

 「―――――ッッッ!!」

 先に動いたのは輝夜だった。

 黒赤こくせきの大鎌を下から上へと振り上げる。

 「な、め、るナァァァァァァァァッッッ!!」

 小燐は符を構えると呪文のように唱える。

 「金剛符ジングァンフゥ!! 護りて砕け!!」

 二人の間に防御膜のような障壁が出現する。

 その強度は金剛石ダイヤモンドが如く硬さで自分の身だけでなく輝夜の持つ大鎌すらも砕く強度を誇る。

 しかし、

 「はぁぁっ!!」

 一閃。

 その硬度を誇るはずの障壁は刹那の内に破壊される。

 「な―――――」

 驚愕。そしてその一瞬はこの場において致命的なミスだった。

 「金剛って名前の割には脆いわよ」

 くるりと勢いを殺さないまま大鎌を一閃させる。

 辛うじて小燐は避けるが薄皮一枚裂かれたのかその華奢な身体には一滴の血が流れていた。

 「ぐっ―――――、暴風符! 巻上げ颪せ!!」

 先ほどより大きめの竜巻がその暴力を以て輝夜に襲い掛かる。

 だが、

 「微風そよかぜね」

 同じように一閃すると渦を巻く風は爆散する。

 呆然と立ち尽くす小燐は信じられないと言った感じで輝夜を見ていた。

 「な、んで?」

 震えが止まらない。

 今まで小燐は追い詰められたことは無かった。

 自分は〝狩る側〟の人間で、自分が狙いを定めるのは〝狩られる側〟の獲物だけだ。

 それが、

 突然現れた女に、

 自分の世界すべてを否定され、

 あまつさえ見下されている。

 その事実が小燐には堪らなく堪え難い現実に―――――。

 「ふざ、けるなァァァァァァァァッッッッッッッッ!!」

 ゴバァッ!! と小燐を中心に風が吹き荒れる。

 同じ場所にいた洸太郎と蒼樹は思わず目を覆う。

 「何よ!! 突然ッ!?」

 「蒼樹!! 大丈夫か!?」

 倒れこんでいる蒼樹に洸太郎が駆け寄り庇う様に肩を抱きしめる。

 「ねぇ、アレなんなの!?」

 蒼樹が叫ぶ。

 ここにきて彼女の頭はパンク寸前だった。

 正直洸太郎にも何が何だか分からないが、それでも洸太郎は蒼樹を護る手を離さなかった。

 「俺も知らん!! けど、こんな訳の分らん状況じゃもう輝夜に頼るしかないってのは間違いないんだろうな!」

 聞きたい事は山ほどある。

 自分の事も、蒼樹の事も、あの小燐と言う少女の事も、この学校ばしょも、記憶が無い事も、この戦いが終われば全部問いただしてやると心に決めていた。

 そして、そんな二人を守ろうと輝夜が二人を庇う様に大鎌を構える。

 「は、はははッッッ!! 何? アンタは一体何なの? 色々聞きたいことあるんだけどまず何で!? ここは私の領域! 私だけの世界!! ここを支配しているのは私なんだ!! なのに誰の了解を得てこの場所に立っている!! 答えろ!!」

 訳の分からないことを言い出した小燐は興奮したように捲し立てる。

 そして、問われた輝夜は大鎌を数度回転させ切っ先を小燐へと向ける。

 「? 笑わせないで。―――――分かるかしら? 貴女はここでは立派な〝異物〟扱いよ。そして、この世界は貴女を排除したがっている」

 ここで、初めて輝夜がニヤリと笑った。



 「もっと簡潔に言ってあげようかしら? ここには―――――いえ、



 その言葉に小燐から一切の表情が消えた。

 喜怒哀楽全ての感情が無くなり、一点に自分の敵を見据える。

 「お前、もう喋るな」

 そう言って懐から一枚の符を取り出した。

 それは今まで取り出していた符とは全くの別物。

 長方形の用紙は漆黒に塗り潰されており、模様は血のように真っ赤な字で描かれていた。

 「召鬼召来しょうきしょうらい――――――――――来たれ〝怨鬼エンキ〟!!」

 メリメリメリメキメキィィィッッッ!!

 と人の身体から出るような音ではない不協和音が小燐の身体から発せられる。

 彼女の背中が不自然に膨れ上がったかと思うと黒い影が産まれ形を成す。

 それは教室を破壊し、激しい音を立てて崩れていく。

 「キャァァァッ!?」

 まともに動けない蒼樹は悲鳴を上げるが洸太郎が抱きかかえ教室を出る。

 「お前も逃げるぞ、輝夜!!」

 動かない輝夜に声を掛けるが彼女は振り向く事は無くそのまま叫ぶ。

 「私は大丈夫!! 早くコタローくんは彼女を連れて安全な場所まで逃げなさい!!」

 ガラガラと教室が瓦礫と化し、校舎の面影は無く辺り一面は夕日の鮮血の赤から群青色に染まっていた。

 「へぇ、それが―――――」

 輝夜は正面を見据えた。

 そこには大小の影が二つ。

 一つは小燐の小さな影。

 そして、もう一つの大きな影は…………。

 「グ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッ!!」

 咆哮が轟く。

 体格は優に三メートルを超え黒鉄の肌に丸太のような太い腕に全てを引き裂く爪、強面の顔には輝夜など一瞬で噛み砕ける牙に額には大きな角が生えていた。

 その姿は正しく〝鬼〟と言うに相応しい風貌だった。

 「私が道士タオシーという事は知っているな。そして、我が極めし『道術』には〝召鬼法〟と呼ばれる秘術がある。その中でも私が扱える中でも最上とされる使役出来る式神―――――『怨鬼』だ」

 小燐の手には懐から取り出した折り畳み式の儀式用の両刃の剣が握られている。

 「さぁあの女を犯せ『怨鬼』!! 手足を引き千切り犯せ! 内臓を取り出して犯せ! その頭を砕いて脳漿を取り出しぐちゃぐちゃにしてから犯せ!! 犯して犯して犯し尽くして――――――――――最後に無惨に苦しませてから殺せ!!」

 小燐の咆哮に呼応するように黒い鬼が咆える。

 その姿は純粋な『暴力』そのもの。

 輝夜は大鎌を構え二つの狂気と対峙する。

 「少し、本気出さないとヤバいわね…………」

 静かに構え輝夜は呟いた。

 静寂―――――そして、

 三つの影は同時に動いた。

 影が衝突した時、破壊された校舎に爆音が轟く。

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