第7話
『僵屍は西洋風に言えばゾンビやグールと同じよ。特性としてまず同じ死体には群がらないのが挙げられる。それは単純に息を止めることや気絶しているなんかもいい例かも知れないわね。つまり物音に敏感、あとは愚鈍ということに繋がるわ』
なるほど、と洸太郎は理解した。
理解したのだが―――――。
「いやいやいやいや!! そんな説明はいいから早く解決策を教えてくださいッッッ!!」
余裕が無いのか二十に近い僵屍に追われる洸太郎は叫びながら廊下を走っていた。
世界記録でも狙えそうなほどの勢いだ。
『解決策って言ってもねぇ………………まぁ頑張りなさい』
身も蓋もない物言いにいつか殴ると誓った洸太郎はどうするべきかを考えた。
相手は人外の怪と呼ばれる異形で相手からの攻撃を食らえば仲間入りは確実。
そんな絶望的な状況にも関わらず洸太郎は口の端を吊り上げる。
楽しい、そんな感情が沸き上がってくる。
「(って、何考えてんだ俺はッ!)」
走りながら器用に首を振った。自分の名前以外記憶が混濁している時にそんな訳が分からない事を思うはずがないなどとそんな事を考えていると、
『コタローくん、行きすぎたわよ。今通った教室に生体反応があったわ』
「いや早く言えよッッッ!」
洸太郎は急減速からの近くにあった扉を乱暴に掴む。
楯を構える重騎士のように。
スピーカー状態にしポケットに入れていた携帯電話からはボソリと『ずっと言ってたけど聞いていなかった貴方が悪いんじゃ』とブツブツ言っている輝夜を無視しそのまま僵屍の群れに突撃をする。
扉は楯代わりに、重戦車を思わせるようなタックルを僵屍に食らわせていく。
「う、お、ああああああああああああああああああああッッッ!!」
洸太郎は勢いを止めずに指定の教室へと文字通り突撃した。
教室に入った時に短い悲鳴が聞こえたがそのまま僵屍ごと教室の外へと投げ出した。
血飛沫が舞い元は人間だった手足が宙を舞う。
あらかた吹き飛ばした後、洸太郎は床に倒れ込んでいる少女の前に壁のように立ち塞がる。
「――――――もう大丈夫だ」
正直恐怖心はある。
こんな事を平気でしてくる相手だ。
記憶も無ければそもそも喧嘩をした事があるのかすら分からないのだ。
そんな相手に勢いだけで勝てるとは思えない。
しかし、
それがどうしたと言うのだろうか。
「蒼樹、待たせて悪かった――――――ここからは俺が喧嘩してやるッ!!」
生き残るために洸太郎は拳を握り構える。
訳が分からないこんな場所で死んで堪るかと言わんばかりに教室に空いた大穴を睨み付ける。
教室の外は先ほどまでの赤く染まった空間ではなく、徐々にだが夕日が傾き赤と深い藍色の二色へと変わっていく。
「ね、ねぇ―――――アンタ、もしかして」
蒼樹が呟く。
こうして顔を合わすのは初めてだが、今度こそ人違いではないと断言できる。
「そういや名乗ってなかったよな? 俺は百鬼洸太郎。話の続きはあの『道士』ってのをブチのめしてからゆっくりしようや」
視線は外さず、更には聞きなれない単語を蒼樹が耳にした。
「『道士』?」
その返答は目の前にいる洸太郎―――――ではなく、教室に空いた大穴の外から聞こえてきた。
「へぇ、よく知ってるじゃない」
そこからは先ほどの衝突など何のダメージも受けていない表情の小燐が不敵に嗤って教室へと入ってきた。
「もしかしてキミは記憶が戻ったのかな?」
「はっ、戻ってほしいけどあいにくとまだなもんでね。一応どこかの誰かさんに教えてもらったって言っとくわ」
それはこの教室へ向かう前に紅月輝夜からある程度の事は少し聞いていた。
『道士』―――――東洋に伝わる道術を使う術士の総称であり、死体を操る術や護符を用いた術などを使用する者と聞いていた。
恐らくだがこの『僵屍』などはこの小燐が操っていると考えれば自ずと道士という回答が得られるというわけだ。
だが、
「(単純に道術ってのがそもそも分からない以上、下手な事が出来ねぇ―――――なら俺は
稼ぐしかない、そう思っていた洸太郎だったがそれも甘い考えだったと後悔した。
小燐は上下に肩を揺らすとおおよそその見た目からは想像出来ない嗤い声を上げた。
同時に教室に膨大な殺気が充満していく。
「そっかそっかぁ―――――私の術はそんな簡単に見破られる物じゃないんだけどなぁ」
楽しそうに、愉しそうに、愉快に、快く、悦楽に、
「あんまり人の事舐めるんじゃないわよ。お前みたいな餓鬼が私の崇高な術を見下すな」
怒気を孕んだ声で静かに言った。
そして懐から長方形の用紙を一枚取り出す。
複雑に書かれた文字は全く読めないが、それが危険なものだという事は洸太郎にも分かった。
「
光速の槍が洸太郎のすぐ横を通り抜ける。
反応が出来ない。
そもそも、人間の反応速度では雷には対応出来ない。
洸太郎が驚愕していると、
「さぁ」
小燐は同じ用紙を数枚、数十枚と取り出し宙へと浮かせていく。
「舞踊を楽しませてくださいな。愚鈍な踊り子さん」
雷霆の槍が幾重にも重なり洸太郎へと襲い掛かる。
「く、そっ、たれェェェェェェェッ!!」
洸太郎が叫ぶと横へと飛ぶようにして転がる。
彼がいた場所には直線状に走る黒い線が煙を上げ焼け焦げている。
蒼樹も耳を押さえ教室の端で蹲っていた。
雷が至近距離で横へ落ちたのだ。
その轟音は想像以上だったのだろう。
この場で戦闘になるのは不味いと思ったのか洸太郎は身近に置かれていたスチール製の棒を手に取り、足に力を込め一気に小燐へと走る。
「はっ、そんな棒一本で何しようってのかしらね!! 雷霆符! 奔りて穿て!」
雷の槍が無数の束となって洸太郎に向かう。
真っ直ぐに迸る雷撃は洸太郎に向かっていき―――――、
そしてその雷撃が直撃する寸前、洸太郎は手に持っていたスチール製の棒を投げ捨てた。
「!!?」
小燐は驚愕する。
洸太郎に向かったはずの雷撃は当たる直前に目の前に放り出されたスチール製の棒に被弾した。
「(いくら道術っつっても符からでた雷の特性は変わらないはずッ! なら、スチールにも鉄は含まれてんだから避雷針代わりにはなるだろ!!)」
その思惑は見事に的中し、殺意を持った雷の束は洸太郎に当たることなく逸らす事に成功した。
この
一気に小燐との距離を縮めると右の拳を握り締める。
方や呆気に取られた小燐は反応が少し遅れてしまう。
「しまっ―――――」
慌てて急所を護る為に両腕を交差しガードする。その直後に洸太郎の拳がガードの上から突き刺さった。
覚悟を決めていた洸太郎と完全に相手を見下していた小燐とでは違いが出ていたのか、華奢な身体をしていた小燐が勢いに負け吹き飛んでしまう。
「今だッ!!」
更に詰め寄ろうともう一度拳を振り上げると、
「調子に乗るなよッッッ!!
室内に突如として暴風が小燐を護るように巻き起こる。
その
「あっ、―――――ぐっ」
「こ、のッ!」
暴風の中心、そこは気流が乱れ渦を巻いてしまうため息が思うように出来ない。
力が抜ける。
それは蒼樹も同じなようで教室の隅で倒れてしまった。
「あ、はははははははッッッ!! ゆっくり、じっくり、ねっとり殺してあげる! お前は四肢を捥いで校内を引きずり回して! 私を嗤わせる道化になりなさい!!」
洸太郎は膝をつく。
正直どれぐらい自分が戦えたのかは分からない。
一発ぶん殴ったとはいえ全くダメージを負っていない小燐を見て自分の無力さを痛感させられる。
「は、ははっ、―――――参ったや…………記憶が無くても喧嘩を変わってやるって偉そうな事のたうち回って結果がこれかよ。情けなくて腹が立つ」
洸太郎は息苦しさの中、顔を上げて小燐の顔を見る。
完全勝利を確信していたのかニタニタした嘲笑が彼女の顔に張り付いていた。
そんな顔を見るのも腹立たしいので、
「ホント、腹立つけどここで選手交代だ―――――ほれ、約束の二十分はとうに過ぎてんぞ」
何を? 小燐は言っている意味が理解出来ていない。
洸太郎が不敵に笑っていた。
そして、
「全く無茶をして―――――いいわ、すぐに片付けるから
どこからか聞こえてきた凛とした声が教室に響いた瞬間。
ズバァッッッ!! と暴風が掻き消えた。
「な―――――」
小燐は目を見開く。
洸太郎と小燐の間に割って入ってきたのは一人の少女。
二人が着用しているベージュのブレザーとは打って変わって黒のセーラー服を着ており、その服に負けないぐらいに目立つ黒く長い髪は濡れ鴉の艶めき、そして声に合っているかのような凛とした表情。
その双眸は血のように紅く輝いておりその姿は名前に負けていないほど美しいモノだった。
ただし、彼女の手には不釣り合いとも言える赤黒い
「お、まえ―――――何だ? どうやってここに入ってきた!? ここは『私の世界』だぞ!!」
そんな小燐の叫びを聞き流し、さも当たり前のように告げた。
「あら、そんな事は大した問題じゃないわよ? それより、今から貴女を排除してこの狂った世界を〝解放〟させてもらうわ」
シャン、と大鎌を構える。
その立ち振る舞いは様になっていて洸太郎は思わず目を奪われた。
「改めて、初めましてね」
それは
「紅い月に輝く夜―――――
輝夜はそう言って洸太郎に軽くウィンクをすると大鎌を振り上げ一気に小燐との距離を詰める。
「舐めるなぁッッッ!!」
同時に小燐も護符を指に挟み迎撃する為に殺気を向け殺しにかかる。
殺戮の校舎での戦闘は間もなく終焉を迎えようとしていた。
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