第4話
白鐘蒼樹は逃げ回っていた。
唯一の知り合った男の子? と連絡を取る為の携帯電話を握り締め追いかけてくる〝鬼〟から死にもの狂いで全力疾走していた。
そんな彼に連絡をしたが向こうも絶賛逃走中らしい。
「や、やばっ――――――もう、だめ」
足を縺れさせ転んだ。
その際に短い悲鳴を上げたが慌てて口を閉じる。
すると追いかけて来ていた〝鬼〟の男子生徒は倒れた蒼樹を無視し前を走っていた他の生徒を追いかけていった。
「(やっぱりそうだ。コイツら息を止めてればこっちに気付いていない)」
それに気付いたのは偶然だった。
最初に〝鬼〟になった男子生徒を見て気を失った生徒には目もくれる事無く他の生徒を襲った時から少し予感はしていた。
しかしいざ実践するとなると勇気がいるようで今回はたまたま上手くいったからよかった。
どうやらこの『鬼ごっこ』では〝鬼〟になった者は息を止めたり気を失ったりすると視認できなくなるようだった。
「(だからってずっと死んだふりし続ける事は出来ないし―――――彼と相談できればいいけど)」
しかし、先ほど転んだ拍子に携帯電話を落としてしまった為かうつ伏せに寝ている蒼樹の後ろに放置されていた。
確認出来るだけでも正面に一人〝鬼〟がいて下手に動くとバレてしまう。
「(ゆっくりなら…………バレないかな?)」
そっと動いてみる。
しかし、動いた気配を感じたのか〝鬼〟はバッと振り返り視線を動かしている。
余計変な体勢で寝転んでいるせいか動かないでいる事が辛い。
携帯電話との距離は一メートルも無い。
しかし今のこの状況では果てしなく遠い距離にも感じる。
ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ、とゆっくりとした動きに恐怖を感じながら蒼樹は震えている。
一時間、いや正確には五分も経っていない時間だが、それでも長い時間そうしていたと錯覚してしまう。
「ぁ―――――、――――――じ―――――か、――――――――――ん――――が」
何かを呟いた後、〝鬼〟はそのまま何処かへと去って行った。
刹那の静寂。
動きが無く、近くで聞こえていた悲鳴はもう聞こえなくなって初めて蒼樹は力が抜けた。
「こ、怖かったよぉ」
一難は去ったがまだ終わりではない。
そう思った時ゆっくりと携帯電話に近付いていく。
いつでも死んだふりが出来るようにゆっくり、ゆっくりと近付く。
そして手に取ると携帯電話の表示は『通話中』になっており小声で繋がっている事を確認する。
「もしもし?」
だが応答はない。
無言の状態が続くと嫌な汗がどっと噴き出してくる。
「ねぇ、聞こえてる?」
しかし電話の向こうからは何も返って来ない。
もしかして捕まってしまったのか?
ふと、この広い校舎に一人きりになったと思うと不安になった。
窓から差し込む夕日がとてつもなく恐ろしいものに感じてしまった。
「ねぇっ、返事してよ…………ねぇってばぁ」
泣きそうになる。
今早泣き選手権があればすぐにでも優勝できそうな勢いだ。
『大丈夫だ。聞こえてるよ』
携帯電話から聞こえてきた弱々しい声に蒼樹は早口で捲し立てる。
「アンタねっ、電話に出れるんだったら出なさいよっ。めっちゃ心配したじゃんどこにいんのよ?」
大声で叫びたい気持ちはあったが、今ここで大声を出すと〝鬼〟が来てしまうのでそこは冷静に小声で話せるようになった。
『すまない。意識を失っていたみたいだ――――――それにしても一体どうなっている?』
その疑問を蒼樹は簡単ではあるが説明した。
息を止めるか、気を失うと〝鬼〟はこちらを認識できなくなるという事。
そして一番いい方法は死んだふりだという事。
それを聞いた時、
『なるほど、では気を失って正解だったんだな』
「そんな軽口叩けるんならもう大丈夫よ。アンタだけでも無事でよかった」
ほっとしたのも束の間で状況はあまりよくないのは確かだった。
「ねぇ、アンタとだけでも合流出来たら助かるんだけど?」
『確かに、それはいいアイデアだ――――――――――今どこにいる?』
ふとここはどこだろうと考えた時、廊下から窓の外を覗き込んだ。
「は―――――え―――――?」
言葉を失った。
今蒼樹がいるのは校舎と言うのは分かっていたが問題はこの学校の外だった。
広いグラウンドが広がっている。
それもどこまでも広い広いグラウンドがだ。
一般的な学校がどうなのかは分からないが、それでも地平線が見えるほどの広いグラウンドというのはもう〝異常〟としか言えなかった。
学校を取り囲む為のフェンスも、外に広がっているはずの街並みも何も無い。
「何なの……これ」
それだけを言うので精一杯だった。
どうやら自分の置かれている立場というのはかなり特殊なようだ。
そんな事を思っていると、
『どうした? 何かあったのか?』
と声が聞こえてきた。
その声も何処か遠くの方から聞こえてくる。
混乱していると更に不思議な事に気付いた。
あれから時間が経っているはずなのに、外から見える夕日が傾いていく気配が一向にない。
ずっと一定の位置にそれはある。
時間という概念が全く感じない。
「もう、やだ」
廊下に座りこんだ。
どうするべきかを考えていると、
『落ち着け。今キミはどこにいる? 一刻も早く合流しなければ』
「そうだ」
ここでへこんでいる場合ではない。
何としてでも力を合わせてここから脱出しなければ事態は何も動かない。
そう思った蒼樹はそのまま夕日の位置を確認する。
「今、廊下から夕日が見える廊下にいるんだけど、階数が分かんない。アンタ今どこよ?」
その問いには答えず男はただ、
『理解した。何となくだが場所は特定する事が出来たよ』
そう言ってそのまま電話を切った。
「ホント無愛想なヤツ―――――ってそう言えば名前聞くの忘れた」
今更の事を言って次に会った時にでも聞いてみるか、と少し楽観的になれた。
知らない場所で不安に押しつぶされそうになったが気持ちは楽になった。
だが、白鐘蒼樹は気付いていない。
小さな違和感の正体に。
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