第3話




 一章『〝鬼〟は追い、子羊は逃亡する』



 洸太郎は〝鬼〟になった女子学生と対峙していた。

 強いられている遊戯ゲームは〝鬼ごっこ〟で、恐らくだが触れられたり攻撃を受けると受けた側が鬼に、鬼だった者は死体になってしまうというかなり理不尽極まるモノだった。

 文面だけ見れば意味不明な事を言っていると思われそうだが、現実に起きている。

 「(さて―――――どうする?)」

 こんな時でも洸太郎の頭は冴えていた。

 もっと自分でも混乱すると思っていたが存外図太い性格らしい。

 「み、―――――ぃ、つけ―――――タァァァァッッッ!!」

 叫びながら〝鬼〟は洸太郎へと向かって来る。

 まずは目の前にあった机を持ち上げて〝鬼〟へと投げつける。

 しかし相手は教室の扉を簡単に破壊するほどの膂力を有している。

 こんな物は相手にとって紙屑同然なのだろう。

 その細見の腕からは考えられないほどの剛腕を繰り出し机を破壊する。

 そう、

 であり、洸太郎はその隙をついて素早く教室を脱出した。

 廊下には恐らく洸太郎や蒼樹と同じような境遇の生徒達が呆然と立ち尽くしている。

 全員が今のこの状況を正しく理解しているとは思えない。

 だから、洸太郎は大声で叫ぶ。

 「全員逃げろォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」

 叫ぶことによって廊下にいた全員の視線を集める。

 洸太郎の背後には血だらけの、女子生徒がまさしく鬼気迫るような表情で追いかけてくる姿を見て各々が逃げ出していく。

 「よし、後は蒼樹と合流するだけ―――――ッ!?」

 一瞬の判断が死を招く。

 背筋に激しい悪寒が走ると振り向く間もなく洸太郎は頭を下げた。

 瞬間、チリチリと後頭部が吹き飛んでしまうかと思うほどの暴力ちからが通過した。

 それと同時に廊下の壁が激しい爆音と共に吹き飛んでいく。

 どうやら気付かない内に鬼になった女子生徒が距離を詰めたのだろう。

 彼女の腕からは大量の血が流れており、骨も砕けているのか肉を突き破りはみ出していた。

 痛覚が無いのかケタケタと嗤ってすらいる。

 「ぶっ飛んでんなぁ…………痛くねぇのか?」

 洸太郎の問いには答えない。

 虚ろな眼はどこまでも暗く恍惚と輝いている。

 もう一人の人間としての感情は死んでいるのだろう。

 そして彼女に捕まってしまえば、捕まった者は〝鬼〟に、捕まえた〝鬼〟は死を。

 そんな理不尽な事件に巻き込まれてしまったのだろう。

 今の百鬼洸太郎なきりこうたろうに記憶は無い。

 電話に出てくれた白鐘蒼樹しろかねそうじゅも同じなのだろう。

 そして先ほど見かけた生徒達も自分達と同じ境遇なのは何となく分かっていた。

 自然と拳を握り締める。

 今の自分には何も出来ない。

 だから―――――――――――――――。



 「今は逃げるッッッ!!」



 洸太郎は敵前逃亡。

 あまりの潔い決断に〝鬼〟になった女子生徒は一瞬不意を突かれた。

 そして、

 怒りなのか何なのかは分からないが取り合えず何かを叫んでいた。

 その怒号を背中で聞きながら洸太郎は次の手を考えていた。

 「取り合えず隠れる場所を探して、その後に蒼樹と連絡を取る! こんな意味の分かんねぇ所で死んでたまるか!!」

 ひとまずは態勢を整えてから今後の対策を練る事にした。

 廊下を走りながらどこか隠れ場所を探していると洸太郎のポケットに入れていた携帯電話が鳴り響く。

 すぐに電話に出ると相手はやはり白鐘蒼樹からだった。

 「蒼樹か! 今どこに――――――――――――」

 『ヤバいって!! 何か凄い勢いで追いかけられてんですけど!?』

 電話からは蒼樹の悲鳴に近い叫びと共にどこかで聞いた様な咆哮も聞こえてきた。

 しかしそれは先ほどの〝鬼〟となった女子生徒の声でなく、野太い男の声でもあった。

 「嘘だろ!? 〝鬼〟って二人もいんのかよ!?」

 考えられたのは先ほどの女子生徒が他の人を襲ったという考えだが、それにしても早すぎる。

 そんな事を考えていると、

 『何か急に廊下で出会った男の人が苦しんだかと思ったら暴れ出して―――――それからもう何か下手なホラー映画見てるみたいだったよぉっ!』

 泣き声交じりに息を切らしながら会話が成り立っているという事は今は無事という事なのだろう。

 しかし疑問が残る。

 〝鬼〟は二人いる?

 いや、話を聞く限りもしかしたらそれ以上かもしれない。

 そんな事を思っていると、

 『きゃっ!?』

 短い悲鳴が聞こえた。

 「蒼樹!? おいどうした!?」

 返事はない。

 「おい! そう――――」

 衝撃。

 顔面を横から殴打され洸太郎の体勢が崩れる。

 「(な、にが)」

 視線を動かすと先ほどの〝鬼〟になった女子生徒がニタニタと嗤いながら洸太郎を見下ろしていた。

 どうやら気付かずに追いつかれていたようだ。

 だが確信が持てた。

 〝鬼〟は複数いる。

 しかしその事実に気付いたが、洸太郎の意識は沈みプツンと途切れた。

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