第6話 自慢の領地で婿に迎える話

「いらっしゃいませ、マシューさん!」


 子供達がマシューを取り囲み、くせっ毛な紅茶色の髪に花冠を乗せる。


「おお、ありがとう!王様にでもなった気分だ!」


 マシューの両腕にぶら下がり、子供達はキャアキャアと声を上げた。


 所変わって、ここはアメジスト領。マシューはサフランに招かれて領地を訪れていた。


「ふふっ……早速子供に懐かれて、流石ですね」


 サフランは子供達を肩に乗せたマシューを、微笑ましく眺めている。


「さあでは、アメジスト領自慢の観光地に参りましょう!……魚は、お好きですか?」


「もちろんだ!特に鯖は高タンパクで栄養価も高くて、筋肉にも……」


 ・・・・・


 領地のどこへ行っても、マシューは人気者だった。

 

 漁港で網引き漁を手伝っては漁師にスカウトされ、果樹園では収穫した果物を大量に運び、馬車いらず。

 困っている人がいれば迷わず走っていくその姿に、サフランの胸が高鳴る。


「サフランちゃん、良い男捕まえたねえ!早くうちの農地で働かせてよ!」


「ふふっ……シエナ婆さん、その後腰はいかがですか?収穫時期に人手が足りないようでしたら、言ってくださいね」


「サフラン様!こっち、こないだの大雨で被害がひどいんだ。税金、まけてくれない?」


「あらベンジャミンさん、これは大変ですね……。ですが、口約束は出来ません。後ほど調査に向かわせますから」


 二人が歩いていると、周りの領民達が口々に声をかけて来る。マシューは子供を肩に乗せたまま、顔を綻ばせて言った。

 

「良い領地だなぁ。それに、貴方が領民の皆に愛されているのが分かる」


「良い領地というのは……ありがとうございます。しかし私はお金のことばかりで、愛されてなんか……」


「いいや、話しかけてくる人の顔を見たろう?みんな娘を見るような良い笑顔だった。貴方がこの領地を守るために必死で頑張ってくれていること、全部分かって頼ってきているんだなあ」


 街の高台から、マシューは目を細めて家々を見渡す。


 ──ああ、そうだった。私はこの領地を、領民達を守る為に……。

 

 領地を発展させようとする余り、本来の目的を見失いかけていた。口を開けばお金、税金、赤字黒字と……。一人一人の領民の顔を、ちゃんと見ていただろうか?

 

 私を家族の一員として育ててくれた場所。ここの領民達を幸せにすることが、私の幼い頃の夢だったのだ。


 それを気付かせてくれたマシューが、帰宅する子供達に手を振りながら頬笑んでいる。

 

 いつの間にか陽が暮れて、辺りはオレンジ色に染まっていた。


「……あの子たち、孤児だったんです。今は一時的に、別の家に引き取られて暮らしていますが……」


「……そうだったのか」


「私の夢は、この領地に立派な孤児院と学校を建てることなんです。孤児達がお腹いっぱい食べられて、ふかふかのベッドでぐっすり寝られて、家族の温かみを知れて……。学校では、庶民でも無料で読み書き計算を教われて、将来の選択肢を沢山持てるようにしたいんです」


 もちろんゆくゆくは、領地の発展も……とサフランは付け加える。

 

「……良い夢だな」


「はい。……その夢に、貴方も力を貸してくれませんか?」


「お、おお?手伝いたいのは山々だが……俺は頭が悪いから、戦力にはならなそうだ。……建築の方か?」


 不思議そうに力こぶを作るマシューを見て、サフランは少し笑って彼の手を取る。


「今日一日、貴方と領地を回って気がつきました。頭でっかちな私には、貴方のような人間が必要だと。──今すぐでなくて良いので、私と結婚してくれませんか?」


 マシューは目を丸くして、驚きのあまり尻餅をついた。


「……俺で良いのか?建築費用なんか、一銭も稼げないぞ」


「貴方が良いんです。貴方が隣で笑っていてくれたら、それだけで百人力です」


 サフランが後ろに仰反りながら腕をひっぱると、マシューは立ち上がった勢いそのままに、サフランを抱え上げた。


「きゃっ!」


「ならば、喜んで!」


 マシューは満面の笑みで、サフランを抱いたままクルクルと回った。

 サフランの着ている白いワンピースが、夕陽を浴びてオレンジ色にはためいている。


「……それと、サフラン様は頭でっかちなんかじゃないから、心配しなくて良い。十分すぎるほど小顔だからな!」


「ふふっ……そう言う所ですよ」


 サフランがおでこにキスをすると、マシューの顔も夕陽に負けないくらい、真っ赤に染まっていった。


 ・・・・・


 マシューが伝説の騎士団長に成り上がり、サフランが王国一の敏腕女性当主の名をほしいままにして、二人の子供が「聖女」と呼ばれるようになるのは、また別のお話……。


○○○○○


あとがき


 最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。


 こちらは『神が推す!悪役令嬢に仕立て上げられた聖女は、攻略対象者たちを“救済”します!』のスピンオフ作品となります。


 二人の娘「リラ」が主人公ですが、サフランとマシューも大活躍しておりますので、

 少しでも気になっていただけましたら、ぜひ覗いてもらえると嬉しいです!


きなこもちこ

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編/完結】赤字領地の令嬢が婚約破棄を「して」、脳筋の騎士団長を婿に迎えて幸せになる話〈神推し令嬢スピンオフ〉 きなこもちこ @kinako_mochiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ