第3話 肩にジープを乗せた王子様の話

「ブラッドリー=エメラルド様。──貴方との婚約を、破棄させていただきます」


 ブラッドリーと呼ばれた男は、書類にまみれながらポカンと口を開けていた。


「幼い頃からの婚約ですし、情も利益もあったので今まで我慢してきましたが──この度、浮気症で約束を守らない貴方との結婚が、一銭も得にならない計算となりましたので」


「ちょっ……と、待ってくれ!俺がいつ浮気を……」


「両脇に女性を抱えながら、何を言っているんだと言う話ですが」


「これは浮気じゃない!ただの友人との交流で……」


 サフランはため息を吐きながら、パチンと指を鳴らす。

 

「……証拠なら、こちらに」


 ズラリと10人ほどの男女が後ろに並んだ所で、サフランはブラッドリーの足元に落ちた書類を拾い上げる。


「こちらは貴方と実際に浮気をした方、5名からの直筆の報告書です。血判もあります。後ろにいらっしゃるのはそれを目撃した方、口封じに買収された方、その他遊んで捨てられた被害者の方々……」


「な!お前ら、あの時にしっかり金をやったはず……!」


 そこまで言って、ブラッドリーは慌てて口を押さえた。


「詰めが甘いにもほどがあります。──そして、これ」


 サフランが差し出した古びた書類を、ブラッドリーは思わず受け取った。


「12歳の時、私が貴方と結んだ婚約契約書です。どちらかが浮気をした際には、賠償金をもって婚約を破棄する、と書いてあります。浮気の定義も、こちらに」


 ブラッドリーは紙を握りしめてワナワナと震え、勢い良く立ち上がった。


「お前……黙って聞いていれば偉そうに!俺の知る限り一番美人な女だからと今まで我慢してきたが……お前のような可愛げのない女、こっちから願い下げだ!」


「あら、さっきからピーチクパーチクと口を挟んで、黙って聞いてなどいませんでしたがね」


「……そういうところだ!!エメラルド家に逆らったお前が、どうなるか分かっているんだろうな!」


 ブラッドリーが襟元を掴み上げると、サフランは隠し持っていた杖を彼の額に突きつけた。その瞬間、ブラッドリーが手錠のようなものをサフランの手首にかける。


「な……!?これは……魔法抑制リング!?個人が所持するのは違法の筈では……」


「俺の権力を使えば、こんなもの楽に手に入るんだぜ!女と遊ぶ時に使えるんだ」


 ブラッドリーは手錠ごとサフランの手首を引き上げ、グイと顔と顔を近づける。もう一方の手は杖を掲げ、周囲を牽制していた。


「さっきまでの威勢はどこ行った?いくら魔力の強いお前でも、このリングがはまってちゃ世話ねえなぁ。『許してください、ブラッドリーさま!』って泣きつけば、許してやってもいいぜ」


 魔法抑制リングは腕に食い込み、魔力を吸い取り続けている。サフランは力の入らない体に鞭を打ち、不敵な笑みでブラッドリーを睨みつけた。


「誰が言うもんですか。こうなってもいいように、公衆の面前で婚約破棄したのです……この後どんな噂が回るか、貴方の足りない頭でも分かりますよね?」


「てめぇ!!……もういい、こうなったらお前の綺麗な顔、道連れにしてやる!」


 杖が顔めがけて振り下ろされ、サフランは思わず目を瞑る。

 その瞬間大きな影が二人を覆ったと思いきや、瞬く間にブラッドリーの手首が捻り上げられていた。


「い!?いってててててて!!……放せ!この!」


「怪我はないか?お嬢さん!」


 そこには筋骨隆々とした男が、白い歯を光らせて立っていた。

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