第4話 筋肉を見れば万人が笑顔になる話
「怪我はないか?お嬢さん!」
着ている服がはち切れそうなほど全身が筋肉で覆われた男は、赤子の手をひねるかのようにブラッドリーを吊り下げている。
「あ、貴方は……?」
「いやあ、名乗るほどの者じゃない。……ほれ、警備!」
男は暴れるブラッドリーを、駆け寄ってきた警備の者達にぽいと放り投げた。
「この手錠みたいなやつが悪さをしてるんだな……む、むぎぎぎ!!と、とれん……」
力の限り金属のリングを引きちぎろうとする男を見て、サフランは思わず笑ってしまった。
「これ、『解錠〈アンロック〉』の魔法を使わないと取れませんよ」
「む?そうなのか……俺は魔法はからっきしダメなんだ」
魔力不足でヘタヘタと座り込んだサフランを、男がぐいとお姫様抱っこの形で持ち上げた。
サフランは初めての体験に、顔を真っ赤にして固まる。
「え……ええ!?」
「俺じゃ外せんし、悪いが医務室まで運ばせてもらうぞ!そうれ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サフランが治療を受けて戻ると、男は会場の中心で女性達に囲まれ、口説かれていた。
「マシュー様、ですよね?この会場、暑くありませんか……?(訳:二人で夜風にあたりに行きませんか?)」
「暑いなら、空調を整えてもらうぞ!おおい、そこの警備の……」
「ああ、マシュー様!ワインを飲み終えたら、手が空いてしまいましたわ(訳:手が空いているので、ダンスに誘ってくれませんか?)」
「そうか!あんまりお酒ばかり飲むと体に良くない。ほれ、水だ」
社交界の裏のある物言いを全く理解していない受け答えに、サフランはクスクスと笑いながら近づく。
「マシュー様、でしたか?先ほどは、ありがとうございました」
「おお、さっきの!もう大丈夫なのか?」
「お陰様で。──少しお話がしたいので、着いてきていただけますか?」
マシューには濁した言い方は通じないと思ったサフランは、簡潔にそう伝える。マシューは快活な笑顔で承諾し、大人しく後を追ってきた。
・・・・・
誰もいないバルコニーに着くと、サフランは改めて
「改めまして……先程はありがとうございました、マシュー様」
マシューは美しい
「とんでもない!ただお嬢さんが入場してきた時から、ずっと泣きそうな顔をしているから……」
「……泣きそうな?」
サフランは訝しげに眉を顰める。凛とした姿を心がけてこそいたが、泣きそうな顔などしていなかった筈だ。
「とっても美しいのに、何だか寂しそうだなと思ってな……思わず目が追ってしまっていた」
「そんなことは……」
「だがこんな、虫も殺せそうにない可憐なお嬢さんが、男を捕まえてあの啖呵!」
マシューは目を細めて、ガハハッと大きく笑う。
「俺は頭が悪いから、あの計画的な賢い喧嘩には痺れたな!これが皆んなの言う『惚れた』ってやつなんだろうな」
「え?惚れ……!?」
恥ずかしげも無く言うマシューの言葉に、サフランは驚き赤くなって震えた。ストレートな口説き文句に、免疫がなかったのだ。
「ん?お嬢さん、震えてるのか?あんな事があったからなあ、いくら格好良い貴方でも怖かったろう。……それ、俺が良いものを見せてやろう!」
マシューは上着を脱いで腕まくりをすると、筋肉を見せつけるように次々とポージングを始めた。
「なんですか、それは……?」
「マッスルポーズだ!筋肉を見て笑顔にならない者はいないと、俺の師匠が言っていた!」
マシューは力こぶを作って、満面の笑みを浮かべている。サフランが笑ってくれると信じて疑わない顔だ。
その純粋でありながら奇妙な行動に、サフランは声を上げて笑い出してしまう。
月明かりだけが照らすバルコニーには、フン!フン!という掛け声と、鈴を転がすような笑い声だけが響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます