第2話 私が婚約破棄するまでの話

 それからのサフランの成長は、目覚ましかった。


 昼間は馬で一日中領地を駆け回り、年齢を問わず領民と話し、農業や漁業を体験する。

 夜は土地ごとの状況や領民の悩み事をまとめ、領地運営に関しての本を読み、かきこむようにご飯を食べて就寝する。


 三ヶ月後、サフランはアスターの執務机に大量の書類を叩きつけた。


「サフラン……これは……」


「来年度の領地運営計画書です」


 サフランは執務机の前に椅子を引き摺ってきて、ドスンと足を組んで座った。


「地域ごとにリーダーを決め、収穫量を管理してもらうことにしましょう。その道に長けて余裕のある者で、管理費は別に報酬を出すことにします。そして5年間滞納なく納税出来た領民は、5%減税しましょう。ちゃんと納税すれば、良い事があると染み込ませなければなりません」


 サフランはページを捲りながら続ける。


「漁港の近くには、仕事にあぶれ、遊び歩いている若者たちがいました。漁船や道具類を有料でレンタルして、収入から何%か納めさせます。道具類は収入が安定したら、購入することも可能で……」


「ま、待ってくれサフラン!これを、どうやって……」


「あら、情報は足で稼ぎましたわ!あとは各地の領地運営成功例を勉強して……」


 サフランの目元には、青黒く隈が出来ている。アスターは娘の頭を優しく撫でた。


「本当にありがたいが……。まだ小さいお前が、そこまで無理をしなくて良いんだよ」


「いいえ、お父さま。赤字経営を続けていれば、この領地は潰れてしまいます。母のいない私は、幼い頃から領民の皆さんに育てられてきました。……それこそ、皆さんの稼いだ大切なお金で」


 サフランのブルーの瞳には、強い意志が灯っている。

 

「領地の人はみな、家族です。家族を守りたいと思うのは、当たり前のことですものね?」


 アスターは微笑むサフランを、力強く抱きしめた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 時は流れ、王立魔法学園主催のデビュタント・ボール。

 サフランは参加者の視線を一挙に集め、一人で入場してきた。


 艶やかに輝くアメジスト色のストレートヘアは、絹糸のようにサラサラと揺れ、腰の下まで彩っている。濃いブルーのマーメイドドレスは無駄な飾りが無く洗練されていて、体のラインに沿って美しく靡いていた。


「今日は一際美しいな、サフラン嬢は……」


「しかし一人で?エスコートは……」


 会場がざわめく中、サフランはツカツカと歩みを進め、ホールの端で足を止める。

 そこには、周りに女性を幾人も侍らせた、いかにも女好きそうな男性が座っていた。


 サフランは男性の前でニコリと微笑み、彼の頭上に書類をばら撒いた。


「ブラッドリー=エメラルド様。──貴方との婚約を、破棄させていただきます」

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