【短編/完結】赤字領地の令嬢が婚約破棄を「して」、脳筋の騎士団長を婿に迎えて幸せになる話〈神推し令嬢スピンオフ〉

きなこもちこ

第1話 赤字領地の伯爵令嬢の話

「うわっ……領地の収入、低すぎ……!?」


 サフラン=アメジストが領地の赤字経営に気付いたのは、10歳の時だった。


 物心つく頃には当たり前のように領地経営の執務を手伝わされ、収支報告書で読み書き計算を覚えた。

 来年度の予算まで仮組みするようになった時、過去の計画書を見て手が止まった。


「待ってください、お父さま……もしかしてうちの領地、赤字なのですか……?」


「ああ、そうだよサフラン。うちはもう5年……いや10年は赤字なんだ。今までの家の貯金を崩して、なんとかやっているけどねぇ」


 父親のアスターは歳の割に老けた顔を崩し、ほっほっほ……と笑った。


 ──うちは伯爵家なのに、やけに貧相な暮らしだなとは思っていましたが……!


 アメジスト家は代々続く伯爵家にも関わらず、使用人が3人しかいない。シェフが一人、メイドが一人、庭師が一人。後のことは全部領主自らがやっている。


 服を新調するのは年に一回(成長期のサフランのみ)。父親は流行りの終わった古い服を、穴の開くまで着回していた。

 

 社交界に行く時は「ご飯を食べて、お腹を膨らませるんだぞ!」と教えられ、 交友を広げる同い年くらいの子供達のことを、不思議に思っていたほどだった。


「アスターさまぁ、今年の税金なんですが〜……」


 ノックと同時に、執務室に男がフラフラと入室してくる。 男はそのままアスターの足元に縋ると、わんわんと泣きついた。


「今年も、子供が産まれたので〜、納税が厳しいんですぅ……」


「そうかそうか、マイク。お前の所は三人目だったな……今年は大丈夫だ。来年に期待しているからな」


「ありがとうございますぅ〜、本当にアスターさまには頭が上がりません〜」


 マイクと呼ばれた男は、ぺこぺこと何度も頭を下げながら部屋を出て行った。


「……お父さま……」


「うん?どうしたんだい、サフラン」


 ゆらりと立ち上がったサフランが、握りしめた拳をブルブルと震わせている。


「どうしたも……こうしたもありません!!領主の貴方が、こんなことでどうするんですか!!」


「ええ?どうしたんだい、急に……」


「きちんとした調査もなしに、口約束だけで税金を延滞させるなんて言語道断です!一人を優遇したら他の領民達から不満が出ますし、契約書が無ければ踏み倒されても請求出来ません!」


「でも、子供が産まれてお金が入り用だっていうから……」


「うちの領地、子供が産まれたら減税の上、お祝い金まで出しているじゃないですか!しかも今年はどこも豊作です。マイクも先日、鼻歌を歌いながら倉庫いっぱいに収穫しているのを見ました……。それに、ほら!」


 リラは手元の報告書をバラバラとめくり、叩きつけるように一部分を指差した。


「マイクのところは、もうすでに三年滞納してます!それによく見たら……なんですかこの報告書!数字が、土地の所有者の自己申告だけじゃないですか……」


 サフランは一気に捲し立てると、フラフラとソファに座り込んだ。アスターは書類の影に隠れてオロオロと娘の様子を伺っている。


「お父さま……あなたの優しさが、この領地を潰すのです……。本当に領民を愛しているのなら、時に厳しく、時に冷酷に動かねばなりません!」


 そう言うと、サフランは書類を持ったまま駆け出した。


「ちょっとサフラン!どこに行くんだい?」


「決まっています!……マイクから、滞納している税金を搾り取ってきます!」


 1時間後、サフランは満面の笑みでマイクを引き摺って戻ってきた。

 厳密に家宅捜査をした結果、収入を誤魔化すための大量の家畜購入が見つかり、過去の滞納を返済しても余りある貯金も発覚した。


 マイクは土下座しながら、アスターに過去の税金を差し出したのだった。


 サフラン=アメジスト、10歳。

 領主としての才能が、開花した瞬間だった。

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