第二章 運命の人
「あおい」
背の高い人がにこにこしながら近づいてきた。優しそうなまなざしが、印象的な男性だった。
「あっくん、この大学入ったんだ」
あおいが驚いた顔で言った。
「あおい、知り合いなの?」
「幼なじみ」
「筒井東です。よろしくお願いします」
「あおいの友だちの姫宮瑞穂です。よろしくお願いします」
「あっくん、サークルに入ってる?」
筒井くんは漫画研究会に入っているそうで、とても楽しそうに話してくれた。
「漫画、好きだったんだね」とあおいがうれしそうに言った。
「好きだよ。単行本なら、二千冊持ってる」
「私も二千冊持ってます。少女漫画ですが」
「あっくんもみやちゃんも、二千冊持ってるんだ。初耳」
その言葉を聞いて、私はあおいに水を向けた。
「あおいもたくさん持ってるよね」
「数えたことがないけど、六千冊くらいかな」
あおいがさらりと言った。
そのまま私達は、カフェテラスで三時間近く話をして、さらに居酒屋で五時間以上話をした。もちろん内容は漫画談義で、話の続きは翌日することになった。
この日から、私達三人の時計が回り始めた。
汐路教授の研究室にあっくんが来るようになり、漫画の種類も増えた。漫画の話題も多岐にわたり、熱量も上がった。
その日私は、就職相談室に行っているあおいをカフェテリアで待っていた。
「あれ、あおいは?」
ふいに後ろから、あっくんの声がした。
「今、就職相談室に行ってる」
「そうなんだ。となりに座っていいかな」
少し、ドキッとした。
「いいよ」
私はそう言いながら、視線をそらした。
あっくんが、私を見ながらつぶやいた。
「あおいが成長したのは、みやちゃんのおかげかも」
「えっ、どういうこと」
「あおいが言ってた。初めて同い年で、漫画のことを真剣に考えてる人に会ったって」
「私も、あおいが初めてかも」
「自分の中で思っていることを言葉にしてくれるのが、みやちゃんだって。漫画の将来とか意義とかを真剣に考えてる人に会えて良かったって」
「私も、あおいに会えてうれしかった」
「おれも、みやちゃんに会って成長したひとりかも」
「ほんと?」
「素直にうれしかった、真面目に漫画の話ができて」
「私も、ずっと探していたかも、真面目に漫画の話ができる人を」
「みやちゃん、漫画がほんとに好きなんだなあって感じた。おれも、漫画が大好きだからさ。いいよね、夢中になれる時間があるって」
そう言いながら、空を見つめる瞳がきれいだった。
「うん。大好き」
思わず出た言葉に、顔が熱くなった。あっくんの顔を見ると、真っ赤になっていた。
「えっ、おれのこと?」
「ち、ちがう。漫画のこと」
本当は、あっくんのことだと言いたかった。
「なんだ、びっくりした。心臓がバクバクしたよ」
「えーっ、告白されたことないの?」
「ない」と、胸を張って言った。
「自慢することじゃないでしょ」
「自慢してた?」
「してた」
真顔のあっくんが、私の顔を見ながら訊いた。
「みやちゃんは、告白されたことはあるの?」
「ない」と私も、胸を張って答えた。
「自慢してる、一緒じゃないか」
二人で大笑いした。どこかでほっとしている私がいた。このまま、時が止まればいいと本気で思った。
この頃、コロナが足音もなく忍び寄っていることを、私達が知る由もなかった。
「もうすぐ、卒業だね」とあっくんが、寂しそうに言った。
「そうだね」
卒業したら今みたいに会えなくなると思うと、私はたまらなく寂しかった。
「卒業旅行は、どこか行く?」
「イタリアに行きたい」
「いいね、イタリア語覚えないとね」
「そうだね、テレビ講座にあるかな」
このとき、二人とも卒業旅行はイタリアへ行こうと本気で思っていた。まさか、イタリアでコロナが猛威をふるうなんて、考えもしなかった。ましてや、世界中がパンデミックになるなんて、誰も予想できなかった。
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