わすれもの

蒔田祥子

第一章 奇跡の出会い

「お先に」

 ATMを使ったあと、いつものように後ろに並んでいる人に会釈した。

「みやちゃん」

 聞き覚えのある声に振り返ると、マスク越しでもわかるなつかしい笑顔があった。

「あおい」

「私のこと、わかる?」

「うん、わかるよ」

「少し待っててくれる?」

「うん」

 あおいも、マスクをしているのに私だと気づいてくれたことが、何よりうれしかった。

 大学を卒業してから、二年。一度会いたいと思いながらコロナが落ち着くまでは、とその思いを心の奥に押し込んできた。

「お待たせ」

 明るい声に、心が和んだ。

「気づいてくれて、うれしかった」

「久しぶりだね」

「卒業式がコロナで中止になったから、二年ぶりかも」

「元気だった?」

「元気よ。あおいは?」

「元気。会えてうれしい」

 あおいは、涙声になった。

「私も、会いたかった」

 思いが涙にあふれた。このとき、あおいの涙に深い意味があることを、私はあとで知ることになる。お互いに、仕事のお昼休みだったため、近いうちに会うことにして別れた。


 私とあおいの出会いは、汐路教授の研究室だった。研究室の本棚には、たくさんの漫画が並んでいた。汐路教授は、講義の教材にも漫画を使い、漫画は日本の文化だと教えてくれた。私は、その言葉に感銘を受けた。

 汐路教授の研究室で漫画を読んだり、みんなで漫画について熱く語り合う時間が好きだった。


 そんなある日、私がいつものように研究室で漫画を整理しているときだった。

「先生、この漫画の新巻出てますよ」

 その明るい声に振り向いたのは、先生ではなく私だった。新巻が出るのを心待ちにしていたからだ。

「新巻、出てたんだ。先生、私が買ってきましょうか」

「私も早く読みたいから、今から買いに行ってくれるかな」

 汐路教授の言葉にうなずきながら、余程新巻が読みたいのだと思った。そのとき、向かい側に座っていた白壁さんが手を上げた。

「先生、私の車で姫宮さんと一緒に行ってもいいですか?」

 本屋さんが遠かったので、白壁さんのこの言葉はうれしかった。

「白壁さんは、この辺りの本屋さんを知らないから、姫宮さんが案内してあげてね」

「はい、先生。白壁さん、お願いします」


 こうして、私達は二人で行くことになった。

 白壁さんに少し待っていてもらうようにお願いして、本屋さんに在庫確認の電話をした私に、白壁さんが小声で話しかけてきた。

「姫宮さん、実は私方向音痴で東西南北がわからないんです」

「大丈夫。案内はまかせてください」

 不安そうな顔が、ぱっと笑顔になった。

 それから無事、本屋さんに到着して新巻を買うことができた。

「案内、上手ですね。とってもわかりやすかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ、車に乗せてもらえて助かりました」

「どういたしまして。今度、お昼ごはんを一緒に食べてもいいですか?」

「いいですよ。明日はどうですか?」

 漫画が大好きな私とあおいは、すぐに仲良くなった。漫画の話、将来の夢、好きな歌、政治について、時間を忘れて話すことに夢中になった。

 そして、大学の交流会にあおいと一緒に参加した私は、運命の人と出会うことになる。

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