第6話 触り合い

 不思議な感じが残り、私が手を離せないでいると、不意に少女の両手が私の耳に伸びてきた。耳を触られる。

「柔らかいし、丸い」

 見たまま触ったままを口にする少女は、真剣な眼差しをしていた。

 これが演技で、キャラクターを演じる上での設定通りの反応だとしても、彼女のこの耳はどう説明すればいい。

 もうよくわからない。互いに耳を触り合うこの状況もなんなのだろうか?

 彼女の顔が間近に迫り、よりはっきりと整った顔が視界に入る。細長い眉。切れ長の目。小さめの鼻に薄い唇。顎のラインにかけて細く引き締まった輪郭りんかく

 うん。間違いなく彼女は美しかった。

 年のころは三十の私よりも一回りぐらい若く、そんな美少女の吐息を感じられるぐらいの距離でいると緊張してしまう。

 私は視線が定まらずに落ち着かない様子でいたが、彼女は少しも照れる様子もなく黙々と私に視線を向けてきた。

 その瞳に吸い込まれるように、私の目も彼女に向いた。

 戸惑う私の姿が彼女の瞳に映っている。

 この娘はだいぶ積極的というか、物怖じしない。外見は私よりも幼いのに、どこか大人びた物腰をしている。

 彼女がまたたきした。再び碧い瞳がこちらを見詰めてきた。

「あなたは誰?」

 静かな声だった。

 こちらを探るような警戒心はない。

 だから、私はすんなりと言葉が出た。

「私は向井です。向井迫人」

「ムカ、イ、ハ、クト? ハクト」

「はい」

 そう言って、私は彼女から身を離し、持ってきてくれたスーツの上着の内ポケットに手を伸ばした。が、中には何も入っていなかった。ズボンのポケットも探したが同じく何も入っていなかった。

 慌ただしい私に彼女は眉をひそめた。

「どうしたの?」

 私は彼女がスーツの側に置いたスマホを手に取り、かかげながら言った。

「えっと、これ以外に私の持ち物はなかったですか?」

「その黒い鏡だけだった」

「財布とか名刺ケースとかはなかったですか?」

「? なかった」

 その言葉に私は肩を落とした。名刺があれば説明するのも簡単だと思ったが、財布すらないとは。

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