トロピカル因習アイランドから来た花嫁
鴻 黑挐(おおとり くろな)
トロピカル因習アイランドから来た花嫁
南洋に浮かぶ島国、モータスカラン共和国。
「タイトサン。いつ、つくますか?」
「あと1時間くらいだよ、ツメハ」
『地上の天国』と呼ばれるその島を、僕たちは新婚旅行の行き先に選んだ。
僕たちが出会ったのは学生時代。
「ツメハ・ナルワカカ、です。おねがいします」
彼女は留学生として日本にやってきた。
「大翔。これ、教授からもらったプリント」
「何?これ」
「留学生に日本語教えるバイトだってよ。お前家庭教師のバイトしてたんだろ?やってみなよ」
「ええー?出来るかな」
片言の英語と日本語で話す彼女に、僕は公私共に彼女をサポートした。そして僕は恋に落ちた。交際期間を経て、やがて結婚した。就職から1年ほど経った頃だった。
「国際情勢とか色々あったから……。3年越しのハネムーンだね、ツメハ」
「Honeymoon?」
「そう」
飛行機が着陸態勢に入る。天国はすぐそこだ。
年季の入った空港を出ると、そこは一面南国だった。
「ここがモータスカランかあ」
「No!ちがう。ここ、ドーモナラン」
「えっ、そうなの?」
「ふね、のる。Hurry up!」
ツメハが僕の手を引く。
「ちょっ、待ってよー!」
モータスカランに行くには、最寄りの島からクルーザーに乗らなくてはならなかったらしい。
「空港のある島とモータスカランは別の国なんですね」
「そう!あなたLuckyヨー!モータスカランに行くふね、これだけ!」
運転手は片言の英語で答えてくれた。
「しかし、南の国の人はみんな陽気だな」
近頃の日本はどこに行っても陰気くさくて気が滅入る。南国の底抜けな陽気さは生ビールのような爽やかさで心に染み入った。
3時間ほど船に揺られ、ようやく島に着いた。
「や、やっと着いた……」
丸一日近くのフライトをやっつけたと思ったらこれだ。体のあちこちが軋んでいる。
「タイトサン!look!」
ツメハが指を刺す。
「おおー!」
集落へと向かう一本道の両脇に、ずらりと島の人たちが並んでいる。
『ようこそ!』『欢迎!』『WELCOME!』
船着場にかけられたアーチには様々な言語で歓迎の言葉が書かれていた。その内側に何やら不思議な紋様も書かれている。
「Oh-!良くきた!」
白髪混じりの男性が駆け寄ってくる。
「あなた、娘の夫!歓迎します!」
「ツメハのお父さん!初めまして、大翔です!」
「タイト!私、ゾヌシ・ナルワカカです!」
僕はゾヌシさんと固く握手を交わした。
「ようこそー」
「ようこそー」
島の人たちが片言の英語で歓待してくれる。中には綺麗な花のレイをかけてくれる人もいた。
「ありがとうございます」
「ソレ、外すダメですよー」
「外したらどうなるんですか?」
「しぬ」
「死ぬ⁉︎」
辿々しい話を要約すると、このレイはどうやら魔除けのアイテムらしい。土着の精霊が嫌う花で作られていて、これをつけていれば精霊の呪いを避けられる……らしい。
「Partyします!来なさい!」
僕はなし崩しに集落に連れて行かれた。
集落の真ん中に一際目立つ建物がある。葦でふかれた屋根に石を積んだ壁。板張りの高床はところどころ軋んでいる。
「タイト!飲んで!食べて!」
集落の集会所と思しきそこでは、日も高いうちから宴会が開かれていた。島の人々は酒を飲みながらご馳走し舌鼓を打っている…
「タイト、これはおいしいですよー」
「ありがとうございます」
「タイト、これもおいしいですよー」
「ありがとうございます」
皿には山のように料理が取り分けられ、盃にはなみなみと酒が注がれる。甘酒とどぶろくの間のような質感の酒だ。
「じゃあ……いただきます!」
周りに倣って手づかみで頂いた。
「うんまっ!」
スパイスの効いた濃い味付け。なるほど酒が進むわけだ。
「こっちも一口……。うーん、最高!」
見た目によらず、喉に焼け付く辛口の酒だ。酒、飯、酒、飯……。手が止まらなくなりそうだ。
「タイト、どこから来たですか」
「日本からです。……という会社に勤めています」
僕の職場はグローバルに展開している大手商社だ。会社の名前を出すと頷く人もいた。
「ニポン!私のhusbandもニポンの人です!」
「そう!チィツバのhusband、ニポンの人!」
「へー、そうなんですね。旦那さんは今どちらに?」
返事が返ってこない。呂律が回っていなくて、うまく聞き取れなかったかもしれない。
「タイト!これも食べるしなさい!」
皿が空になるとすぐさまおかわりが盛られる。さながらわんこそば状態だ。
さすがに満腹になったので、こっそり宴を抜け出した。
「腹ごなしに散歩でもするか」
住宅はどれも似たような作りだ。同じ道をぐるぐる歩いているような錯覚が起きる。
「のどかだなぁ」
子供たちが道路で遊んでいる。宴席で見た顔だ。おおかた飽きて抜け出したくちだろう。
島をぐるっと一周するのに1時間もかからなかった。
「しかしこの島、何か変だな」
しばらく歩き回って違和感の正体に気がついた。
「そうだ元気じゃない人がいないんだ」
ヨボヨボの老人や寝たきりの人など、立って歩けないような人がいない。
「でもまあ、未開の地だしな。歩けなくなったら死ぬだけなんだろ」
島を隅々まで探索していると、坂道がある事に気づいた。
「なんだ?ここ」
おどろおどろしい紙と縄で厳重に封鎖されている。
「入ってみるか!」
しかしそんなものは跨ぎ越してしまえば問題ない。僕は木の茂る坂道を登って行った。
坂道の中腹に誰かが立っていた。
「……、……」
良くわからない言葉で喋っている。現地の言葉だろうか。
人影が振り向いた。
「タイトサン!」
「なんだ、ツメハかあ」
ツメハが僕に駆け寄る。
「何してたんだ?」
「おはなし、してました。クローモと」
「クローモ?」
「はい。クローモ、ははのちちです。さきのつきにしぬしました」
「そっか、おじいさんが先月亡くなられてたんだ」
つまり、ここは墓地なのか。墓参りにしては随分と明るい口ぶりだったけど。
「坂の上には何があるの?」
「さか、いきません。$%&するときだけ」
「うん?ごめん、何をする時って言った?」
「$%&。あー、『オミオクリ』?です」
「ふーん」
見送りまでしてくれるのか。この島の人たちは優しいな。
「タイトサン。わたし、あげる、あります。あなたに」
そう言って彼女は一冊の本を差し出した。
「くれるの?僕に?」
「はい。ニポンのことばのほんです」
「ありがとう。読んでみるよ」
集落に戻り、軒先でさっきもらった本をめくってみる。
「『モータスカランの来訪神』……。民俗学の本か」
スマホの電波は入らないし、島に1個しかないWi-Fiはクソほど重い。
「暇つぶしにはなるか」
古い本の独特の書体、酔いで定まらない焦点。ほとんど内容が頭に入ってこないが、延々と散歩するよりはマシだ。
『……19世紀頃にヨーロッパから来訪した人々にとって、南洋の人々は原始人も同然だった…』
『彼らは現地人を見世物にするために連れ去り、対価として積荷を置いていった…』
『月日が経ち、それらは積荷信仰として成立した。モータスカランにおいては、積荷信仰と現地人の連れ去りが融合し独自の信仰として成熟した…』
急激に酔いが回ってきた。頭がぐらぐらする。
『即ち、外から来たもの=外国人は祝福をもたらし、死者や不具者を楽園へと導いて帰るのだ。』
ページの隙間からメモが舞い落ちた。僕はそれを拾い上げた。
『逃げろ 殺される』
「……え?」
頭に血が上ったからだろうか。意識が遠のいた。
夜が更け、宴もたけなわ。島民たちは意識のない客人を連れて坂を登る。
「ここ数年は爺様がたに頑張ってもらってたからなあ。久々にちゃんと送れるな」
「本当。しかしツメハはいい『導き手』を連れてきてくれたな」
「そうよ。タイトは賢いし、優しいし、強い人。きっと向こうに行くまでに、先に行った爺様たちもまとめて導いてくれるでしょ」
「ハハハ、頼もしいなあ」
松明で夜道を照らしながら歩く。坂の頂上に着くと、人々は崖のそばに集まった。
崖には木材で作られた巨大なハリボテがあった。プロペラ飛行機を模したそれには紙も何も貼られていない。ただの枠組みだ。ただ、プロペラの軸の部分に大きな石がくくりつけられていた。
「タイト!クローモじいちゃんをよろしくね!」
「タイト!うちのイガヨシをよろしくね!」
人々は口々に親戚縁者の名前を呼ぶ。
ハリボテには半ばミイラ化した死体が乗客として載せられている。仕上げに、先頭の操縦席に当たる場所に「大翔」と呼ばれた異国の男が座らされる。これで準備完了だ。
昨年の『送り』から今日までに死んだ人間は、全て崖の近くの洞窟で安置されていた。まだ息のある人間でも、重篤な障害を負ったり寝たきりになったりすればここに同席する。それらが乗客であり、島の外から来た男が『導き手』ーつまりパイロットだ。
「よーし!飛ばすぞー!」
力のある人間が集まり、ハリボテを崖に向かって押す。飛ばすといっても本当に飛ばすわけではない。崖から突き落とすのだ。
「いってらっしゃーい!」
「待っててねー!アタシもじきに行くからさー!」
後ろで待つ人たちが手を振って見送る。空港で家族を見送るかのような明るさだ。
死者は『導き手』に送られて楽園に向かう。今生きている人間もいつかはそこに向かうのだ。だからモータスカランの人々は死を嘆かない。死者は我々より一足先に楽園に行く権利を得た存在だからだ。
「飛ぶぞー!離れろー!」
ハリボテが頭から海に突っ込む。『導き手』の男が異国の言葉で何かを叫んでいた。
ハリボテが海面に叩きつけられる。下は浅瀬だ。この高さから落ちれば命はないだろう。
「今年も無事に終わったなー!」
「サソリ座の季節過ぎちゃったけど大丈夫かな」
「大丈夫だろ。一昨年なんか真冬にやったけどなんともなかったし」
花火大会が終わった後のごとく、人々は散り散りに撤収する。あとは帰って寝るだけだ。
「あ、そうだツメハ」
「なーに?お母さん」
「船着場の文字、直しておいてね。この間のハリケーンでだいぶ剥げちゃったから」
「はーい」
ペンキ缶を携えて、ツメハは夜の大通を歩く。
「ようこそ!いけにえ!」
船着場のアーチの一番内側に書かれた文言を、ツメハはペンキで書き直した。
古ぼけたクルーザーが船着場に停まる。
「うわー!ステキな所だね!」
「だろ?丸一日飛行機に揺られる価値はあるぜ」
降りてきたのは若い男女だ。
「ようこそー」
島民が客人の首に呪符を交ぜ込んだレイをかける。
「来てよかったね!超穴場じゃん!」
「だな!……そういえば、大学の友達にモータスカラン人と結婚したやつがいたっけな」
「あー。あの大手商社に就職した人?」
「そうそう。最近連絡取れないけど。アイツ元気にやってっかな」
ここは地上の天国。常夏の島、ハッピーな島民。この島を訪れる者は須く歓待され、笑顔で帰って行く。もちろんモータスカランの人間を伴侶にしていなければ、の話だが。
トロピカル因習アイランドから来た花嫁 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます