(E) 確認
この世界に来て既に既に8か月ほど経つ。
以前殺した学生達の件は、ニュースを見る限り、謎の集団ヒステリーと言う事で処理されていた。
薬物も病気の線もなく。
ましてや魔法なんて選択肢、ある訳もない。
警察にとっては正にお手上げ状態。
無限に人員と時間が割けるのならともかく、そうでない以上、手も足も出ない原因不明を適当な理由で終わらせるのは至って普通の事だ。
まあそんな事はどうでもいいか。
この8か月俺は余計な事は一切せず、博士から偶に来る殺しの仕事をこなしつつ、静かに引きこもり生活を送っていた。
もっぱらゲームをして。
山田太郎の記憶にからゲームの記憶を見た時は、正直下らない事に夢中になっていると完全にばかにしていた。
だがそれは撤回する。
確かにこれがあれば、1年でも2年でも引きこもり生活を続けるのは余裕だ。
ゲーム恐るべし。
……まあそんな事はどうでもいいか。
実はこのゆるりとした生活には、変化が訪れていた。
最初に変化があったのは、2か月程前の事。
ゲームをしていたら、突然自分の中に新しい力が芽生えてきたのだ。
――それは召喚魔法の力。
試しに呼び出してみると、小さな蛇が姿を現す。
ウロボロスと言う名の蛇だ。
山田太郎の記憶から、それが俺の世界にいた邪獣だと言う事が分かる。
何故いきなり蛇が呼び出せる様になったのか、正直意味不明だった。
この世界に召喚した奴が何かしてきたのかとも思ったが、それ以降は特に変化もなく2か月の時が過ぎる。
そして今日――
「ぐっ……ぬ……」
格闘ゲームの通信対戦で、即死コンボを決められた俺は怒りに顔を歪める。
リアルで顔があったら絶対に殺すと、頭の中はそんな事でいっぱいだ。
よくある日常の一ページではある。
だがその日は少し勝手が違った。
何故なら、俺が握っていたゲームのコントローラーが砕けてしまったからだ。
「あん?」
頭に血が上っても、力加減はちゃんとしている。
なのに、普段なら壊れる筈のない物が壊れた。
そこで俺は気づく。
突如自分の力が増した事に。
同じ力加減でも、自分自身の力が増えればそこに込められる力の量は増えてしまう。
だからコントローラーは砕けてしまったのだ。
「この世界に俺を送った奴の仕業……いや、そう考えるのは早計か。ひょっとしたら、この体の問題の可能性もあるしな」
制作者である
奴が天才なのは疑い様もない事実だったが、所詮は人間の作った物である。
ましてや、魂が入れ替わるイレギュラーも発生しているのだ。
予期しない異常が出てもおかしくはないだろう。
「どっちかは分からんが……」
謎の存在による物か。
ただの体の機能不全か。
分かっている事は、能動的に確認できる方法は後者だけという事だけだ。
「体の線を確認する為に、博士に連絡するか」
俺はメッセージを作成し、小赤にメールを送る。
少し力の調整に狂いがある様な気がする、と書いて。
ふわっとした感じにしたのは、違っても気のせいに出来るからだ。
返事は直ぐに戻って来る。
内容は『問題はないと思うが、一応確認する』という物だ。
直ぐにでも可能らしいので、メールを送って俺は早速家を出る。
小赤との待ち合わせ場所までは、電車で移動。
場所は閑散とした商店街だった。
休日だと言うのに殆ど店は開いておらず、人影はほぼない。
「ほっほっほ。元気にしておったか?」
おでこから頭頂部までが綺麗に禿げあがった白髪の老人が、小汚い顔をしわくちゃにした笑顔で此方へと寄って来る。
この老人こそ、小赤継利博士だ。
元々は渋い感じの中年だった様だが、組織にみつからない様にするため、自らの外見を老人へと変えていた。
「お久しぶりです。体の方は……感じた異常が気のせいなら、まあ元気いっぱいって所です」
「どれ、調べるからこれを脇に挟んでみてくれ」
小赤が小さく細い棒状の物を俺に渡して来る。
ぱっと見、体温計にしか見えない。
「これをですか?なんか体温計っぽいですね」
「カムフラージュ用に、その形にしておるんじゃ。正真正銘、それは異常を調べる計測器じゃよ」
「成程」
納得した俺はそれを脇に挟む。
そのまま数秒ほど待つと『ピピピ』という音が鳴って、計測終了を知らせて来る。
確かにこれなら、仮に誰かに見られても体温を測っているようにしか見えないだろう。
「ふむ……異常なしじゃな」
小赤がデジタル表示の謎の数字を見て、問題ないと言って来る。
どうやら俺の力の増加は、もう一つの可能性が原因の様だ。
「そうですか。じゃあ気のせいだったみたいですね。態々調べて貰ってありがとうございました」
「ほっほっほ、気にせんでええ。それより久しぶりに顔を合わせたんじゃ、折角じゃから喫茶店で話でもしようじゃないか。実はこの近くに、行きつけの店があっての」
「行きつけの喫茶店ですか?」
「んむ。そこのマスターが別嬪さんでな。しかも――」
小赤が自分の胸元で、大きな山を描くジェスチャーをする。
「これもんなんじゃ」
どうやら巨乳だと言いたい様だ。
今の見た目と合わさって、見事なエロ爺っぷりである。
「はぁ……」
俺は小赤に連れられ、商店街内の喫茶店へと連れていかれる。
正直、こんな所でやってる店などガラガラだろうと考えていたのだが――
「随分とにぎやかですね」
――俺の考えとは裏腹に、喫茶店は満席状態だった。
「実はここ数日、ずっとそうでな」
そう口にする小赤の顔は渋い。
その理由は一目瞭然である。
「嫌がらせ、ですか?」
窓から見える店内の客は、全員ガラの悪そうな連中だったからだ。
閑散としている商店街の喫茶店に、そんな連中が押し掛ける。
嫌がらせ意外で、そんな状態は起こりえないだろう。
「うむ……」
小赤は嫌がらせを受けている自分の行きつけの店に、態々俺を連れて来た。
という事は……
「実は君に頼みたい事があるんじゃ」
だろうと思ったよ。
だが珍しい事ではある。
小赤が此方に何かを求めるのは、山田の記憶と合わせても、研究所破壊の時以来だからな。
日本に来てからは、仕事の絡み以外では殆どやり取りしていないってのもあるが。
「頼み事ですか。珍しいですね」
「この喫茶店、知り合いの娘さんがやってるんじゃが――」
小赤が、カウンター内の女性に目を向ける。
赤毛の女だ。
今は後ろを向いているため、顏は見えない。
「この商店街、どうも取り潰して大きな複合施設をつくる計画がある様でな。破格の提示でほとんどが手放してるんじゃが、あの子は親との思い出の残る喫茶店――まあ要は、生家をなんとか残そうとしているみたいなんじゃ。それで嫌がらせを受けておる。いわゆる地上げじゃな」
地上げ。
恫喝や嫌がらせで、手に入れたい土地に住む対象を追い出す行為だ。
極端な物は当然犯罪行為に当たるが、そういう事をする奴らは巧妙に動くので、それで捕まる様な事は殆どないと考えていいだろう。
「わしとしては、知り合いの娘さんを守ってやりたい。そこで君に頼みたいのは……奴らの始末だ。もちろん、それ相応の報酬は用意する」
「抹殺の依頼ですか……」
俺は口元に手をやり、考える素振りをする。
報酬が出るなら、ぶっちゃけ俺としては断る理由などない。
この行動はあくまでも、山田太郎なら迷いそうな案件だと判断したからやっているだけだ。
――基本的に山田太郎は悪人しか手にかけない。
奴は俺から見れば、馬鹿みたいなお人好しである。
だが、こと悪人に対してだけは容赦がなかった。
その両極端な態度は、おそらく自身の経験から来るものだろう。
何せ取っ掴まって体を変えられ、過去まで捨てる羽目になった訳だからな。
そのせいで今だってひっそりと隠れて暮らしてる訳だし、悪人に対して非情になるのは当たり前の事だ。
ただそれでも、地上げ程度の悪で相手を容赦なく殺すかと言われれば疑問が残る。
言ってみれば微妙なライン。
だから俺は迷っているふりをしているのだ。
「この手の輩は、間違いなくこういった事以外にもあくどい真似をやっている筈じゃ。どうか依頼を受けて貰えんか?」
「……そうですね」
小赤がうまい具合に背中を押して来たので、俺はそれに乗っかる。
「分かりました。お引き受けしますよ」
「そうか、有難い。こういう個人的な事は鷹峰君には頼めないから、引き受けてくれて助かる」
もう一人の人造人間の名だ。
小赤はそいつの事をあまり信用していない節がある。
ま、俺と同じで自分さえよければって匂いがする野郎だからな。
だから個人的な頼みを俺の方に振って来たのだ。
「任せてください。その代わり、いつも通り計画の方はお願いしますよ」
俺のやる事は、ただ相手を殺す事のみ。
証拠を残さずやり切る為のお膳立ては、小赤の担当だ。
「分かっておる。そこは抜かりない」
「そうですか。じゃあ詳細は、いつもみたいにメールでお願いします」
何の気無しに、窓から見える店内へと視線を向ける。
その時カウンターの女性が振り返り、俺と目が合った。
「――っ!?」
その女を顔を見て、俺は目を見開く。
それは俺の知っている――
そして、山田太郎の知る――
それは――
「馬鹿な……」
『ジャスティスヒーロー』の主人公である、レイヤ・ガーディアン。
その義理の姉である、ヘレナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます