(E) テスト

広い森林公園。

人目がなく、さらに監視カメラなどがない場所で、俺は体を激しく動かして身体能力を確認する。


この体の能力は、明らかにこの世界の基準を大きく超えているからな。

誰かに見られるのは宜しくない。


「ほぼ同等、と言った所か……」


元々のエヴァン・ゲリュオンとしての体と、この人の手によって生み出された人造人間の肉体の性能は同程度だった。


「これはたまたま?いや、んな訳ねーよな」


移された先の肉体の能力が、元々の体とほぼ同じ。

誰かの意図で入れ替えられている以上、それは作為的と考えた方が無難だろう。


「まあそこは今考えても仕方がない」


推測しようにも、余りにも情報が少ない。

頭脳明晰ならともかく、俺程度のオツムじゃ答えに辿り着くのは無理がある。


「次は魔法の威力だな」


発動自体は確認している。

だが、その効果が全く同じとは限らない。

なにせ魔法のない世界だ。

威力が制限されていたりする可能性も十分考えられた。


「攻撃魔法は痕跡が残るかもしれないから、試すのは回復魔法にしておくか」


この体は回復魔法を受け付けない。

俺は近くにいた鳩を無造作に捕まえ、その口を押えて鳴けない様にし、足二本と両の羽をへし折る。


動物虐待?

しるか。


「まあ効果が一緒なら、これ位一発で全回復するだろう」


詠唱し、魔法を発動させる。

あらぬ方向に曲がっていたその足と、羽が瞬く間に回復して行く。


「効果もまあ、同じぐらいと考えていいな」


回復魔法だけが従来通りで、他の魔法は違うって事はないだろう。

たぶん。


「ま、その辺りは機会があったらその内確認するとしよう」


痕跡が明確に残るであろう攻撃魔法を、家の近所で試すのは流石に軽率だからな。

遠くに出かけた時にでもするとしよう。


「ははははは」


「それでよぉ」


「ばっかじゃねぇの」


山田太郎のマンションに帰るため来た道を戻ろうとすると、統一されたジャージ姿の、大柄な十数人程の集団が前から歩いて来るのが見えた。

この近くにはスポーツで有名な大学があるので、恐らくそこの人間だろうと思われる。


そいつらは、狭い道に無軌道に広がって歩いていた。

そのままだと明らかにぶつかるコースだったが、奴らが此方を避ける気配は全くない。

仕方がないので俺が避けて道を譲ってやると、奴らは談笑しながら、此方の事など見えていないかの様にそのまま通り過ぎていった。


「……」


元居た世界なら、確実に皆殺しにしている所だ。

それも身ぐるみはいで。

何せ、俺は山賊だからな。


が、此処は家の近所である。

人目がない――皆殺しにすれば証人は残らない――とはいえ、そんな真似をする訳にもいかない。

捜査の手が及ぶ可能性があるからな。


俺はイラつきをぐっと堪え――


「……いや、犯人が俺じゃなければ問題ないか。折角だから、状態異常の成功率でも確認するとするとしよう。あいつらを使って」


――ない。


やはり、やられたらやり返さないとな。

ふざけた態度には、それ相応の報いを受けさせないと。


「ハイパーステルス」


スキルを発動させ、俺は見つからない様に隠れてその集団の後を付けながら魔法を詠唱する。

そして魔法が届くギリギリの位置から、集団の一人に魔法を打ち込んだ。


狂戦士化バーサク


を。


この魔法は効果自体は強力だが、敵に対する成功率はかなり低い魔法となっている。

魔法の効果が同じなら、その辺りも同じかもしれない。

だが、ひょっとしたら成功率には変化があるかもしれない。


これはそれを確認する為のテストだ。

意趣返しついでの。


……さて、何発目で成功――


「ぶうううぅぅぅぅぅ……」


背後から俺のバーサクを受けた男が、不気味な唸り声を上げる。

そして直ぐ傍にいた男に飛び掛かった。


「なにしやがる!?」


「おい、何やってんだ!!」


バーサク中は身体能力が大幅に上がる代わり、敵味方関係なく攻撃する事になる魔法だ。

強化され、心を失った知人が急に襲い掛かって来た事で集団は大慌てになる。


「1発成功か……まあ偶々かもしれないな」


俺は即座に二発目。

三発目と。

続けてバーサクを集団に打ち込んでやる。


「5連続成功か……」


五分の五。

元々の確率を考えると、偶然では起こらない成功率だ。

どうやら元居た世界とは違い、成功率は此方の世界の方がかなり高い様だ。


何故かまでは知らんが。


「うわぁぁぁぁ!!」


「ぎゃあああ!!」


いくら身体能力が上がっているとはいえ、一人だけならその場にいたメンバーで取り押さえる事も出来たただろう。

だが、数が増えれば話は変わって来る。

乱心した狂人なかま達に襲われた奴らは、その圧倒的な身体能力差に薙ぎ倒されていく。


「ひぃぃぃ……」


「に、逃げろ!!」


集団に降りかかる容赦ない暴力。

何人かが血まみれになって動かなくなった辺りで、ようやく対処不能と判断出来たのか、蜘蛛の子を散らす様にそいつらは逃げ出し始めた。


「ま、待ってくれ!俺も――ギャア!!」


「た、助けてくれぇ……」


そして逃げ遅れた者は、その場でなぶり殺しになる。

殴られて骨を折られ。

噛まれて肉を食いちぎられて。


やがて哀れな獲物がいなくなると、今度は狂人同士が殺し合いを始める。


「ふむ……成功率の確認がある程度できたのは良いが――」


最後の狂人2体が、ほぼ相打ちで死亡する。

その様子を見て少し溜飲が下がったが、終わってから思う――


「失敗だったか」


と。


生き延びた証人がいるので、俺が殺人を犯したと思われる心配はない。

とは言え、急に何人かの人間が狂って暴れ出した事に対して、警察は薬物や病気を疑って調査を行うはずだ。


「ま、薬物なんざ使ってないから痕跡は出ない訳だが……」


病気や薬物ではなく、狂わせたのは魔法である。

魔法が存在しない世界でそれを看破される心配はないので、俺が捕まる可能性は依然0のままだ。


だがそれでも、直前に側を通ったマスクを付けた怪しい相手である俺が、捜査線上に上がる可能性は高い。

そうなると、ウザいハエ警察の相手をする必要が出て来るだろう。


面倒事が増えれば、その分リスクは高まる物だ。

その辺りを考えず衝動的に行動した、今回の俺の行動は完全に失敗だった。


「やれやれ、山賊としてやりたい放題やって来た弊害だな。イラッとさせられたら、直ぐに手が出ちまうのは」


短気は損気。

そんなこの世界の言葉が頭に浮かぶ。


「ま、やっちまったもんはしょうがない。次からは気を付けるとしよう」


今の俺はもう、エヴァン・ゲリュオンではない。

ちゃんと切り替えて、山田太郎としてやっていかないとな。

余り馬鹿な事を続けていると、その内取り返しのつかない事になりかねない。


俺はハイパーステルスを維持しつつ、人目に付かない様その場を離れた。

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