(E) 確認

ゲームは山田太郎の趣味だ。


過去を全て失い。

組織から逃げ隠れしながら、ひっそりと目立たぬ様に生活する。

その状況下で、山田太郎が引き籠りになるのは当然の事だろう。


だから暇つぶしにゲームに嵌まった。

分かりやすい構図だ。


「ゲーム的には、山賊から暗殺者にクラスチェンジって所だな。ま、取り敢えず仕事は受けとくか」


俺が念じると、返信メールが自動で発信される。

念じただけで意思疎通が出来る、人造人間の体に搭載されているシステムは便利極まりない。


「今の自分の状況がいつまで続くかは分からないが、長期になる可能性も十分考えられるからな……下手したら一生って可能性もある」


金は重要だ。

元居た世界も、この世界でも。

いや、重要度で言うならここの方がもっと上と言っていいだろう。


だから金は稼げる時に稼いでおく。

際限なく。

金があれば対処できたのに、などと思わずすむ様に。


因みに、元の世界の様に山賊として稼ぐと言う手はない。


「まあ人に使われてってのは好みじゃねぇんだが……山賊やるってのは無理があるからな」


今いる世界の監視システムは、生まれ育った世界の比ではない。

何も考えず他人から奪い取っていたのでは、あっという間に詰んでしまうのが目に見えていた。

もし賊を続けるというのなら、高い情報収集能力と、それを処理する頭脳が必要になってくるだろう。


が、もちろん俺にそんな物はない。


何せ、腕っぷしだけで長らく生きてきたからな。

自分が馬鹿だとは思わんが、それを成すだけの能力がない事ぐらいは認識してるさ。


「俺をこんな状態にした奴。シャドールって組織の事もあるし……まあ暫くは様子見だな。山田太郎として」


暫くは、山田太郎になり切って生活する。

少なくとも、知識だけでなく体感としてこの世界を理解できるまでは。

頭でっかちな状態で余計な事をして、トラブルを増やすのは愚かな選択だからな。


「取り敢えず……」


俺はキッチンに行き、そこに置いてあった刃物を手に取った。


「先にスキルや魔法がどうなったか確認しとくか」


この世界には、スキルや魔法などという物は存在していない。

当然この山田太郎は――例え人造人間であっても、その枠に収まっている。

つまり、どちらも使えない肉体と言う事だ。


だからまあ、多分使えないとは思うが……


「使えたらラッキーって所だな」


世界に存在しえない力が使える。

それが使えれば、それは俺だけの大きなアドバンテージとなるだろう。


だから駄目元でも確認しておく。

まあ駄目だったら諦めるまで。


「血は出ないくせに、痛みだけちゃんとあるってのはどうなんだ?」


手にした刃物で自分の腕を少し深めに切りつけるが、そこから血は一切出ていこなかった。

そのくせ、傷みだけはしっかりある。


「謎だな」


人造人間は戦う為の存在だ。

そのための造り物の体に、傷みの感覚など不要に思えて仕方がない。

まあ、何らかの理由や思惑があっての事だろうが。


「まあいい。とにかく、まずは魔法だ」


俺は呪文を詠唱し、回復魔法を唱える。


すると――


「はっ、こいつはついてるぜ!」


――ほとんど期待していなかった魔法が発動する。


その自らの幸運に、俺は口の端を歪めニヤリと笑う。

これは間違いなく大きな武器になるだろう。


「ま、回復は出来ねぇみたいだが」


発動して効果が出ている確信はあったが、腕の傷は回復魔法の影響を全く受けていなかった。

なぜそうなるのかは予想がつく。

この体が人造人間だからだ。


回復魔法は生物を回復させるための物で、壊れた剣や椅子を治したりは出来ない。

つまり、人造人間は物扱いと言う訳である。


「まあ当然か。脳以外は造り物な訳だからな」


因みに、腕に付けた傷は時間の経過とともに勝手に回復して行く。

人造人間に搭載された自動修復機能で。


「魔法による詠唱や消費がないのは便利だが、ダメージを無視して戦い続けれるって程ではないか」


人間の自然回復に比べれば遥かに早い。

だが魔法の様に瞬時に回復とまではいかないので、回復でダメージ無視のごり押しというのは無理があるだろう。


「魔法が使えるんなら……」


俺は次に、ハイパーステルスを発動させる。


「やっぱ行けるな」


スキルも問題なく使える様だ。


「よし、じゃあ少し出かけるか」


次に確認するのは、人造人間の身体能力だ。

知識としてあるが、動かして体感する形でちゃんと確認しておく。

そうでないと、いざという時誤認で問題になるかもしれないからな。


俺は口元用のマスクを着けて、外に出る。


山田太郎は外に出かける際、常にマスクを着けていた。

シャドールとの事があるので、顏を見られない様に心がける一環として。


「ま、意味はないが……」


今の顔は、人間だった頃の物とは当然違う。

それ所か、脱出後に博士に弄って貰っているので、初期の人造人間の物からも変わっていた。

だからたとえ組織の人間に今の顔を見られたとしても、人造人間であると認識される事は絶対ないだろう。


正に無意味。


が、山田太郎がそう行動していたのなら、俺もそれに習う。

こいつのふりをしばらく続ける訳だからな。

急に行動を変えると、周囲に違和感を与えてしまう。


こういう事は徹底しておくのが吉だ。

気を抜いて油断すると、直ぐにボロが出ちまうからな。


俺はマンションから出て、近場にある広い森林公園へと向かう。

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