第31話 時間

「そういや、何であそこにいたのか聞いていいか?」


人目に付かない山中を歩きながら、俺はドワーブン姉妹に尋ねる。


何故彼女達があの場所にいたのか?

それが不思議だった。


メエラに追跡能力があるとは言え、俺は隠しダンジョンから瞬間移動させられているのだ。

エアウォール上空から、ゲリュオンのアジトへと。

実はその2点はそこまで離れてはいないのだが、それでも数日はかかる距離だ。

流石に、転移した俺を追ってあのタイミングで駆け付けられたとは到底思えない。


「そうね……一応頭から説明しましょうか。子供達の事も気になるでしょうから」


「ああ、頼む」


「メゲズで新都市長が比較的早期に就任して、それまで放置されていた福祉が施行される様になったの。子供達の養護施設なんかよ。それで私達は子供達と別れたわ。だいたい、貴方と別れて1ヵ月ほどの事ね」


「そうか、ならあいつらは安心だな」


最低限戦う力も仕込んでおいたし、都市から保護されて貰えるのならもう心配はいらないだろう。


「はい!皆いい子達で、ヤマダさんにあったらよろしくって言ってました。チャゴ君は、次に会ったら絶対一本取るんだって。スッゴク剣の練習頑張ってましたよ」


「そうか……」


少し寂しいが、もう彼らと会う事はないだろう。

約束を破るのは忍びないが、それがお互いの為だ。


「それで、メエラが貴方への恩返しをするからって直ぐにあなたの後を追ったのよ。言っておくけど、もう一つの頼みは破ってないわよ。貴方の頼みは『誰かに頼まれても俺の事を追跡しないでくれ』だったんだから」


「ああ……まあ、そうだったな」


確かにその通りだったので、苦笑いする。

まさか自分の意思で、メエラ達が俺を追って来るとは思いもしなかったからな。

まあ結果オーライである。


「それで私達はヤマダさんの後を追ってたんですけど、エアーウォールの山で急に追跡ができなくなっちゃって……」


エアーウォールで見失った、か。

どうやらメエラの追跡は、隠しダンジョンにまでは及ばない様だ。


まあ本来、邪神討伐後にしか入れない場所だからな。

バグでは入れるのがおかしいだけで、見通せないのは当然と言えば当然ではある。


「それが5日程前の事よ」


「へ?5日前?」


5日前と言われ、疑問符が頭に浮かぶ。

俺が隠しダンジョン内にいたのは、ほんの数時間。

そもそも5日前の時点では、山に到着すらしていないのだ。

姉妹が俺を越えて、先に山に辿り着いていなければおかしな計算になる。


もちろんそんな訳はないだろう。

追跡してて5日分先行するとかありえないし。


「本当に5日前なのか?」


「はい。おねぇちゃんの言う通り、5日前です」


「間違いないわ」


聞き返すが、間違いないと答えられてしまう。

一体どういう事だろうか?


ドワーブン姉妹と、俺との時間のずれ。

パッと思いつくのが、天空城の時間の流れが地上と違う可能性だ。


それともう一つ。

俺的には瞬間移動させられた様に感じているが、実は意識が飛んでいただけで、ゆっくり5日かけて天空城からアジトに移動した可能性も考えられる。


例えば意識が乗っ取られて、自分で移動したとか――


いや、それはないか。

もし5日かけて移動したなら、HPやMPが減ったままだった説明がつかない。

やはり、移動自体は瞬間移動と考えるべきだ。


という事は、やっぱり時間の流れが違ったと考えるのが妥当か。

ゲームや漫画とかだと、よくある設定だからな。

公式にそういう言及はなかったが、そこはまあエンドコンテンツだったからだろう。


「何か問題でも?」


俺が考え込んでしまったため、レッカが訝し気に尋ねて来る。

メエラも心配そうに表情を曇らせていた。


「ああ、いや。気にしないで話を続けてくれ」


「あ、はい。エアウォールを調べても何も分からなかったので、仕方がなく私達は山を下りて仕事を受ける事にしたんです。護衛の」


「私達も、生きていくためには働く必要があるわ。見つからない相手に拘ってばかりじゃいられないのよ」


レッカ達は傭兵で、その仕事は魔物の討伐や護衛なんかが中心だ。

仕事に関しては傭兵ギルドが普通にあるので、そこで請け負っり出来る様になっている。


「この近くの町までの護衛だったんですけど、仕事終わりに食堂でおねぇちゃんとご飯を食べてたら――さっきの人達が、私達の直ぐ近くの席に座ったんです」


「最初は特に気に止めてなかったんだけど、急にその中の一人が立ち上がって叫んだのよ」


「叫んだ?」


「ええ、『エヴァン・ゲリュオンを見つけた!!』って」


「……」


まず間違いなくレイヤだろう。

主人公の仲間で、悪人を、俺を追跡出来るのはレイヤだけだ。


「それが、3時間程前の事よ」


3時間、か。

当然その時点で俺はアジトにはいなかった訳だし、強制イベントによる物だろう。

その発見は。


「で……その男は姉の仇を取るって全員を連れて、慌てて食堂から出て行ったわ」


「その時点で私の探索には引っかからなかったんですけど、凄く気になって……それで、私とおねぇちゃんでその後を気づかれない様に追いかけたんです。そしたら、洞窟の中にヤマダさんがいて……」


「戦闘が始まった、と」


となると……アジト――本来は――での戦いを、ドワーブン姉妹は初めっから見ていた事になる。


「その……ごめんなさい。最初から見てたのに、助けるのが遅くなって」


メエラが申し訳なさそうに俯く。


「ああ、いや……気にしなくていいよ」


殺される直前に駆け付けて、ギリギリで助けの手が伸びたとは、流石に俺も最初から思ってはいない。

あれだけ都合のいいタイミングが偶然で許されるのは、主人公くらいなものだからな。

だから助けるタイミングを見計らってって感じだろうとは、分かってはいた。


……まあ流石に、最初っから見てたとは思いもしなかったが。


「私が様子を見る様に言ったのよ。貴方を見極めるために。恩返しとは矛盾するけど……貴方がどうしようもない悪人だったなら、自らの罪を命で償うべきだと思ったから」


「成程……」


メゲズではあっさり行かしてくれたし、頼み事も聞いてくれた。

協力的な行動。

だがあれは子供を守る為であり、相手が悪人だったからに他ならない。


だが今回は、あの時とは違う。

親族の仇を取るという正当な行動を妨害してまで助ける価値があるかどうか、死ぬべき悪人かどうかを、彼女は俺の戦い様で見極めようとしたのだ。


「あの戦い……貴方は相手を殺す機会が何度かあったわ。でも……頭数を減らした方が絶対有利になる状況にもかかわらず、貴方は誰も殺そうとしなかった。最後の最後まで。だから助けたの」


「そうか……」


レイヤの仲間は全員善人である。

それにゲームプレイを通して、俺は彼らの事をよく知っていた。

だから殺せなかった。


だがどうやら、それがいい方向に転がってくれた様だ。

もし誰か一人でも殺していたなら、レッカは俺を助けようとしなかっただろう。

いや、それどころか、下手をしたらその時点でレイヤ達に助勢していた可能性すらある。

そうなっていたら、確実にゲームオーバーだ。


……まさか、自分の甘さに助けられるとは思いもしなかったな。


「私はヤマダさんが良い人だって信じてました!指名手配とか、あの人達の仇だって本当は勘違いなんですよね」


「……」


屈託なくそう言うメエラ。

そんな彼女に、俺は言葉を返せない。


何故なら、それは勘違いや手違いの類ではないからだ。


エヴァン・ゲリュオンは悪党だった。

それも超が付くレベルで、多くの人間を――レイヤの姉も殺している。


理不尽に。

ただ奪う為だけに。


だから指名手配は妥当な物だし、レイヤの復讐も正当な物だ。


もちろん、それをやったのは俺ではないのだが……


この体がゲリュオンの物である以上、その理屈は、言い訳は通じないだろう。

中身が入れ変わろうと、他人からすれば間違いなく俺はエヴァン・ゲリュオンなのだから。


「一つ……聞きたい事があるんだけど?」


「ん?」


「私の知り得たエヴァン・ゲリュオンの情報は、極悪非道で、血も涙もないけだものとしか思えない物だったわ。子供を守ろうとし、自分の命がかかった状態でも相手を殺そうとしない貴方は……とても同一人物とは思えない。でも、貴方は間違いなくエヴァン・ゲリュオン。それは疑い様がない」


レッカが真っすぐに俺を見つめる。

その瞳は静かだが鋭く。

まるでそれは真実を、此方の心の内を射抜く様な、そんな感覚を俺に覚えさせた。


そんな彼女が問う。


「……貴方、何者?」


と。

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