第30話 貸し借り

「この辺りまでくれば大丈夫ね」


洞窟を抜け、山道を飛び跳ねる様にしばらく移動した所で、レッカが俺を地面に無造作に放り投げた。


「っと……乱暴だな、まったく」


俺は地面に顔面から着地する寸前に手をつき、頭からくるっと一回転して受け身を取って立ち上がる。

放り投げたレッカを見ると、口角を少し上げる興奮気味の表情をしていた。


バーサーカー。

戦闘に置いて、恐れ知らずの猪突猛進なパワータイプになる事から付いたレッカの二つ名だ。


普段は理性的な言動をする彼女だが、その本質は豪胆にして苛烈。

闘争においてのみ知る事が出来るその本質が、今のその表情から垣間見えた。

逃走劇も又、レッカにとっては一種の戦闘と言う事なのだろう。


「回復はしてたみたいだし、それぐらいどうって事ないでしょ」


「まあな」


途中、魔法でHPは回復しておいた。

担がれていたお陰で、体力の方も多少なりは回復している。

これならレイヤ達に追いつかれても、もう自力で何とかできるだろう。


「助かったよ。ありがとう」


「えへへ、ヤマダさんのお役に立ててよかったです」


メエラが照れ臭そうに笑う。

その屈託のない笑顔を見て思う。

何で君たち此処にいるんだ、と。


ぶっちゃけ、彼女達には聞きたい事が色々とある。

が、今はのん気に話をしている場合ではない。


「礼をしたい所だけど、奴らは魔法で直ぐに俺を見つける筈だ。一緒にいたら君たちまで巻き込む事になる」


レイヤには悪人探知魔法があるのだ。

それを使って直ぐに追いついて来るだろう。

もし一緒にいる所を見られたら、ドワーブン姉妹が俺の仲間と誤解されかねない。


さっきは煙幕で姿は見えてなかっただろうし、レッカの後々の加入を考慮するならここでさっさと分れるべきだ。


「いつか必ずこの借りは返すよ。それじゃあ――」


そう思い、その場を早々に立ち去ろうとすると――


「あ、待ってください!」


メエラに呼び止められる。


「探索系の魔法の事でしたら大丈夫です」


「へ?」


「私、探索を妨害する能力もあるんで」


「マジで?」


「事実よ」


俺の問いに、もう興奮が冷めたのか、レッカが感情を感じさせない凪の顔で答える。

彼女達が嘘を吐く理由などないので、まあ事実なのだろう。


「そりゃまた、凄いな……」


一度会った事のある相手の居場所を見つけ出す能力。

更に、第三者からの探索を妨害する能力。


ゲーム本編で登場してもあまり役には立たないだろうが、能力としてはかなり優秀だと純粋に思う。


だが、本当に大丈夫だろうか?

レイヤは主人公で、悪人を見つけ出す魔法は彼のみが扱える物だ。

つまり、特別。


そんな魔法なら、探索妨害の能力を貫通してこないとも限らない。


「あの……今の所、追って来る様な動きはありませんから大丈夫だと思います」


俺の考えを読んでか、メエラがそう言って来る。

そういや彼女の能力は、相手の状況もある程度把握できるんだったな。


「ああ、そうか。メエラの能力を使えば、彼らの様子も分る訳か」


「はい。ちゃんと追跡もしておきますから、私に任せてください」


あった事があるだけで覗き放題とか、冷静に考えるとおっそろしい話である。

ストーカー気質の人間がこの能力を持っていたりした日には、きっとすこぶる捗る事だろう。

何がとは言わないが。


ま、とにかく。

有難い。

此処から始まる筈だった終わりなき追いかけっこ、メエラが側にいる間はそれをしなくて済むのだから。


「何から何まで助かるよ。大きな借りが出来ちまったな」


「いえ、私達には、ヤマダさんには助けて貰った恩がありますから」


「それなら、子供達の面倒を見て貰った時点でチャラだよ」


「何言ってんのよ?危険な状況の子供達がいたら、それを守ってあげるのは大人として当然の行為でしょ?」


「そうですよ!もう一つの頼み事だって、当たり前の事ですし!」


大人が子供を守るのは、当然の事。

そう言い切る姿から、この姉妹がとても優しい人間だというのが伝わって来る。

まあ姉のレッカがどういう人間かはゲームプレイで分かってはいたが、やはりゲームとリアルとでは感じ方がまるで違って来る。


二人を見てると、ウィンウィンだからって理由でしか浮浪児達に手を差し伸べようとしなかった自分が恥ずかしく思える。

俺なんかより、見た目は子供でも彼女達の方がよっぽど出来た大人だ。


「じゃあ、これで貸し借りはチャラだな」


「いえ、まだです。だってヤマダさんには、私とおねぇちゃんを救って貰ったんですから」


メエラとレッカで二つ分。

俺から見れば、レッカの方は放っておいても勝手に回復してた訳だから、貸だとは思っていなかった。

だが確かに、その事実を知らなければ、姉の方も救ったと思うのも無理はない。


その感覚のずれを、引っ張った方が俺にとっては有利だ。

彼女達、特にメエラの能力は有用だからな。

手助けして貰える権利を握ったままの方がいいのは、間違いない。


が、それはしたくなかった。


優しい二人を。

命の恩人を。

良い様に利用する真似はしたくないからだ。


「レッカの病気の事だけど、俺が手助けしなくても治ってたと思うぞ。だからそっちは借りだと考えないでくれ」


「そうね」


「へ?」


「貴方の言う通り、病気は自力で克服できたわ。妹にもそう言ったんだけど……聞く耳持たずに、沼に薬草を取りに行っちゃったのよ」


ああ、ちゃんと本人も認識していた訳か。

高レベルのレッカなら、自力で病気を乗り切れると。

だが、だったらなんでメエラは貸二つと思ってるんだろうか?


「けど、貴方はそれを知らなかった。妹からの情報だけで、私を助けるために動いてくれた。結果はどうあれ、貴方の行動と心根に対する恩返しは必要よ」


結果よりも、助けようとした行動にたいする恩返し、か。

まあ俺はレッカが絶対死なないって知ってはいた訳だが、手助けの行動に対するお礼だというのなら、それを拒否する必要はないだろう。

別に騙して貸を作った訳じゃないからな。


「そうか」


その恩義、有難く頂戴するとしよう。

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