第29話 救いの手

……呆けてる場合じゃない。


隠しダンジョンでエアインを2匹狩った事で、レベルは50を超えている。

更に、手に入れた武器二つに指輪。

今の俺なら、レイヤ達を容易く撃退する事も出来るだろう。


――但し、万全の状態でならば、だ。


現在俺のHPは、1割を下回っている。

この状態で戦いに入るのは、流石に自殺行為に等しい。

実際、危機察知のスキルも警鐘をガンガン鳴らしているしな。


幸い、レイヤ達とは少しだが距離があった。

仕掛けられる前に、まずは少しでもHPの回復を――


「やらせないよ!」


そう思って魔法の詠唱を始めた瞬間、風を引き裂き高速で白光の矢が飛んで来た。

俺の顔面目掛けて。

咄嗟に躱すが、そのせいで唱えていた魔法が中断されてしまう。


――魔法の矢。


主人公の仲間に、美しい金髪の女エルフがいる。

名はリクエイド・スレイヤー。

弓を得意とする彼女が放つ魔力の矢は、軌道状とその周囲の魔力をかき乱す効果があった。


そう、詠唱妨害の効果があるのだ。

攻撃を受けなくとも。


「エヴァン・ゲリュオン!姉さんの仇だ!!」


レイヤが突っ込んで来る。

その仲間――前衛連中も一緒に。


本来のストーリーだと、レイヤとゲリュオンの会話が入るのだが、魔法を詠唱した事で問答無用で戦闘スイッチが入ってしまった様だ。


――不味い。


HP1割のままで戦闘開始など、余りにも不味すぎる。

なんとかしないと。


「ちぃっ!」


レイヤの剣が迫る。

俺はそれを片手――腕に嵌めている盾で強くはじき返しつつ下がって間合いを開ける。


レベル差。

装備の差。

個人の才覚の差。


一対一なら、この状況でもまず負ける事はないだろう。

だが相手とこっちでは、頭数が丸一個分違うのだ。

足を止めて、その場で真面に打ち合うのはNGである。


何とか隙を見つけ出さなければ――


「はぁっ!」


「おおぉぉ!!」


ツンツンと髪を立てた、筋肉質で粗野な印象を受ける黒髪の大男。

ドノー・グラシアスが。

白髪の貴族然とした男装の麗人。

エレン・キュスクが。


二人が同時にレイヤの脇を抜けて突っ込んで来る。


ドノーは大剣を。

そしてエレンは細身の刺突剣で仕掛けて来た。


「ふっ!」


俺は左右の盾を使ってそれを捌き、さらに下がる。


「貰った!」


そこに、小柄な黒髪の少女が低い体制で突っ込んで来た。

ミコト・ヤマモト。

獲物は両手の短剣であり、その身のこなしはパーティー随一。


「やらせるか!」


攻撃を盾で受けると同時に、彼女を蹴りで吹き飛ばす。


「――っ!」


そこにリクエイド・スレイヤーの魔法の矢が、狙いすましたかの様に飛んで来た。

いや、実際連携として狙ったのだろう。

そしてそのタイミングとほぼ同時に――


「はぁっ!」


中距離武器である、赤い鞭の先端が飛んで来る。

鞭を振るったのは赤毛の長髪に、グラマラスな肢体をもつ女。

エピクス・キャニオス。


俺は弓と鞭を両手の盾で弾く。

だがそれ以上は下がらない。

いや、正確には下がれない、が正解だ。

既に背後は壁際だった。


――そこへ追撃の魔法が飛んでくる。


炎。

風。

雷。


炎の魔法を放ったのは、ローブを身に纏った赤毛の少年

エクス・マギナ。

風の魔法はその妹で、ローブを纏った青髪の少女。

フラン・マギナ。

雷の魔法を放ったのは禿頭で浅黒い肌、腕に入れ墨を入れたガタイのいい男。

サンダース・グンスー。


……受け止めるしかない


回避は選べない。

避けてもすぐ後ろの壁にぶつかって、魔法の衝撃が周囲にまき散らされてしまうからだ。

そうなると背中側からダメージを受ける事になってしまう。

だからと言って、その反射エネルギーに対応する様な――レイヤ達に背を向ける様な形で防御する訳にもいかないのだ。


俺は素早く膝を落として姿勢を低くする。

そして前方に腕を突き出し、両手の盾でそれらを正面から受け止めた。


「ぐぅぅ……」


盾に触れた瞬間、魔法が爆発する。

熱が、風が、雷が。

小さな盾では受け止め切れなかったそれらのエネルギーが、俺の体を傷つける。


魔法をノーダメージで切り抜けるのは無理だな……


「くそっ……このままじゃジワジワと削り殺されちまう」


このままでは死ぬ。

そんなのは御免だ。


となれば――


「こうなったらやるしかないか……」


――相手を殺すしかない。


この状況を切り抜けるには、素早く相手の頭数を減らすしかない。

だが、殺さない様に手加減してそれを実行するのは無理があった。


中途半端なダメージでは――


白いローブを纏った聖女候補。

エリン・ポロンに回復されてしまうからだ。

倒しても回復されてしまったのでは意味がない。


だから、状況を好転させるには殺すしかないのだ。


もちろん、レイヤだけは絶対殺す訳にはいかないが……


主人公は対邪神戦で、絶対に失ってはいけない存在だからな。


「はぁ!」


魔法による煙が晴れた所に、レイヤ達前衛系4人が突っ込んで来る。

俺はそれぞれの攻撃を盾で弾いて何とかしのぐ。

その際デバフが発動したのか、ミコト・ヤマモト無防備に動きが止まった。


まずは1人目!


斧を生み出し、その無防備な首筋にスキルを――


「くそっ!」


――叩き込まずに、俺は背後の壁に沿う様に動いて間合いを離す。


悪人なら鼻をほじりながらでも殺せるが、善人を殺すのにはどうしても抵抗がある。

それにここでメンバーを大量に殺せば、メインストーリーにどんな影響を与えるかも分からない。

迂闊に殺す訳にはいかないのだ。


けど、俺が死んだら何の意味も……


自分が生きてこそ。

ゲーム世界の事を思って、命を捧げる気など皆無。


そうは思っていても――


「ちぃ!我ながら――」


――やはり踏ん切りがつかない。


「甘くて優柔不断だぜ」


このままでは確実に殺されてしまう。

相手を殺せない以上、何とか隙を作って出口から脱出するしかない。

そう考えて動くが、当然レイヤ達も馬鹿ではないので、そうはさせじとその動きを阻んで来る。


「くそ……」


相手に行動を阻まれ、魔法などでじわじわと削られていく。

それでも何とかしようと足掻くが、全てが徒労に終わる。

終わってしまう。


やがて俺は、HPも、そして体力も、その限界にまで追い込まれる。


「ここまでか……」


もう戦う力は残っていない。

ゲームオーバーだ。


「ついてねぇぜ……」


生き延びるために態々隠しダンジョンへと向かったのに、まさか強制イベントでそれが裏目に出てしまうとは、考えもしなかった事だ。

心の底から、ふざけんなと叫びたい気分である。


せめてもの救いがあるとすれば、レベルの上がった俺を殺せば、レイヤ達に十分な経験値が入る事だろうか。

彼らが邪神を殺せば、世界は救われる。

そうなれば、少なくともガキンチョ共はこの世界で生きて行く事が出来るだろう。


ま、現実世界に変えれる可能性もある訳だし……


楽観的な考えではあるが、0ではない。

なら最後はそこに賭けるとしよう。


「終わりだ。エヴァンゲリュオン……姉さんの仇を取らせて貰う」


トドメをさすべく、レイヤが剣をゆっくりと振り上げる。

俺は覚悟を決めて目を瞑り、頭の中で『帰還帰還帰還帰還帰還……』と強く念じた。


その時――


「なんだ!?」


――爆発音が周囲に響く。


驚いて目を開けると、再び爆発音が響き、洞窟の空間内に煙が広がっていくのが見えた。


「何が起きている!?」


何が起こっているのか分からず、焦るレイヤ達。

更に爆発音が連続して響き、あっという間に煙が空間を覆いつくして何も見えなくなってしまう。


「ごほっ……いったい……」


「うわっ!?」


ドンと、何かが吹っ飛ぶ音。

そしてレイヤの声が響く。

状況が全く理解できない。


「なんだ?なにが……っ!?」


煙で周囲が全く見えない中、突然俺の手を何かが掴む。

小さな、子供の様な手の感触。

ガキどもと一緒に暮らしていたから分かる。

これは子供の手だ。


「ヤマダさん!こっちに!!」


高い女の子の声。

俺はその声を知っていた。

その声は――


「メエラか!?」


「ついて来てください!」


メエラが掴んだ俺の手を強く引っ張る。

何故彼女がここに?

そんな疑問はあったが、この煙幕、そして状況、間違いなく救いの手に違いない。


そう瞬時に判断した俺は、残った体力を振り絞りその手に引かれるままについて行く。


「はぁ……はぁ……」


煙のない通路に飛び出したところで、直ぐ近くにレッカもいた事に俺は気付く。

彼女は足音を立てていなかったので、全く気付かなかった。

まあフラフラの状態だったので、例え足音があっても気づけなかった可能性はあるが。


「その様子じゃ、真面に走れそうも無さそうね」


そう言いうといなや、レッカは両手で俺を頭上に掲げる形で担ぎ上げた。

大柄であるゲリュオンを軽々と。

見た目は子供だが、流石狂戦士である。

大したパワーだ。


「ちんたらしてたら追いつかれるわ。さあ、一気にここから出るわよ!」


レッカの叫び。

瞬時、担がれた俺の全身が超加速によって仰け反る。


「ぐぇ……」


HP残り僅かな身にはキツイ。

だが我儘が言える状況でも無し、ぐっと我慢する。


……とにかく、助かっただけでも万々歳だ。


レッカに両手で掲げられる形で担がれる俺は、まるで人間魚雷の様な態勢で洞窟の外へと運び出されるのだった。

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