第15話 情

チャゴとゴンザが木剣で手合わせをしている。

その様子を座ったままぼーっと眺めながら、俺は呟く。


「やっぱこれ以上は無理か……」


結果から言うと、カルマ値の上昇は二のパターンだった。

同じ相手に同じ行動をする場合は、一定間隔を開けなければならないって奴だ。

間隔はだいたい72時間程。


で、何が無理なのかと言うと……


カルマ値の増加だ。


一緒に生活する様になって早3か月。

浮浪児達に飯を施したり、用心棒代わりに彼らの塒で寝泊まりするという行為では、俺のカルマ値はもう増えない様になっていた。


最初は順調に換算されていったカルマ値だったのだが、マイナスが400以下になった事で変化が起きる。

増加値が半減してしまったのだ。


それだけならそこまで大した問題ではなかったが、マイナスが300を切ると、増加値は更にその半分になってしまう。

そしてマイナスを200切った所で、もいっちょ半減。

そしてそして、トドメと言わんばかりに、マイナスが150以下になってところで遂にカルマ値が入らなくなってしまった。


まあ理由を想像するなら――


マイナスが減った事で、ゲインロス効果によるボーナスが減った。

同じ相手に対する、同じ行動で手に入るカルマ値の上限が決まっている。


――あたりだろうと思う。


「ここで0所か、プラスにまでもっていってやるぜ。とか思ってたんだけどなぁ……」


此処から先、カルマ値を稼ぐには他の方法に着手するしかない。


「ふむ……」


勇者が学園を卒業するまで、後3か月程である。


卒業後結構直ぐのイベントで、このメゲズの腐敗を正すイベントが発生する事を考えると、マイナスのまま此処に留まれるのは――まあ3か月が限度だ。

見つからない様、逃げる時間も必要だからな。


「ゲインロス効果が切れてるなら、結構きついよな」


この街で、チャゴ達相手の様な纏まったカルマ値の入手は難しい。

更に上昇率が落ちている事を考えると、3か月程度でマイナスを無くすのはちょっと無理がある。


安全を考慮するなら、とっととこの街を出た方がいい訳だが……


さっさと国外に向けて動いた方が、安全度は高くなる。

だが――


「ん?どうしたんですか?師匠?」


チャゴとゴンザが木剣を振る動きを止め、渋い顔をしていた俺に気付いて声をかけて来た。


師匠と呼ばれたのは、俺が今、彼らに剣の扱いを教えているためだ。

チャゴ達だけじゃない。

他の子供達にも、読み書きなんかの勉強や魔法の使い方を教えている。


……俺が生活全般の面倒を見る様になった事で、働く必要がなくなったからな。


今はその余ったその時間を、将来の為に有効活用している感じだ。

それでカルマ値も増やせたし。

ウィンウィンよ。


まあもう増えないけど。


「ああいや……俺がここにいられるのも、あと三か月程度だって思ってな」


――この三か月の生活で、思いっきり子供達に情が移っていた。


さっさと出て行った方が賢い選択だが、俺は彼らの為に、ギリギリまでこの街に留まる事を決める。


大金だけ渡して、子供達だけにするのはあれだからな……


この街の治安は宜しくない。

主人公一行がイベントを熟せばマシにははなるだろうが、現状でしばらく分の生活費たいきんを子供達に渡せば、間違いなく悪党どもに目を付けられる事になるだろう。

だから、俺がギリギリまで側で見守ってやらないと。


「……」


「……」


俺の言葉に、チャゴとゴンザが押し黙ってしまう。


「……ずっと、一緒って訳にはいかないんですよね?」


「ああ、俺も色々事情があってな」


此方も後ろ髪惹かれる思いだが、此処に残るという選択肢はない。

生き死にがかかっているからな。


「師匠がいなくなったら、俺達……」


「悪いな。けど、まああれだ……そう不安がるな。お前らは素質があるし、あと三か月もあれば街のごろつき共くらい余裕でぶっ飛ばせる様になるさ」


二人には才能があった。

特にチャゴの方は、超が付く天才レベルだ。

あと三か月も鍛えれば、一端の剣士レベルには余裕で到達できるだろう。


そこまで育てば、金を持ってる事で発生するであろうちょっとしたトラブルぐらいなら、自分達でどうにでも出来る様になるはず。

直ぐに主人公達もこの街にやって来るから、治安もマシになるだろうしな。


因みに、二人に教えているのは斧ではなく剣術だ。


ぶっちゃけ、ゲリュオンは斧より剣の扱いの方が長けていた。

ゲームのボス戦では斧を使っているが、もし奴が剣を使っていたなら主人公達に勝っていた可能性が高い。


なぜ剣の方が強いのに、それを使わないのか?


ゲリュオンの剣術は、幼い頃清廉潔白な父親から学んだ物である。

それは幸福だった頃の、輝かしい思い出の欠片。


世界に絶望し、悪の道を歩む様になったゲリュオンだったが、それでも、その思い出を大切に思う気持ちだけは残っていた。

もし闇に染まりきった自分が父から学んだ剣術を扱えば、その思い出を汚す事になってしまう。

彼はそれを嫌って剣を捨てたのだ。


と、例の公式サイトの裏設定には書かれていた。


俺にはそんな事まったく関係ないから、剣に持ち替えて――は、残念ながらいない。

制限が発生したためだ。


街で剣を買って振り回してみた所、すっごい忌避感に気持ちが悪くなってしまう。

どうもゲリュオンの体は、思い出を汚す行為を拒絶してしまう仕様の様である。


まあ無理をすれば扱えなくもないけど……


現状、そこまでして剣を振るう意味はない。

教える分には、特に問題ないしな。


「俺がいなくなった後は、お前らが皆を守るんだ。そのために……これから訓練をきつくするから、気合い入れろ。いいな」


「はい!」


「うん」


――そしてそれから2か月たった頃。


「ん?」


皆で食事をとっていると、見知らぬガラの悪い男達がねぐらであるこの場所に近づいて来た。

いや、見知らぬって訳じゃないな。

一人だけ、俺の――正確にはエヴァン・ゲリュオンの知っている顔が混ざっている。


ゲームに出て来ない、ゲリュオンの知人。

本来俺が知りようもない相手な訳だが、何故かそいつの事は分かる。

体が覚えてるってのとはちょっと違うが、まあ奴の体を乗っ取ってる影響だろう。


「大丈夫だ。俺が話を付けて来る」


招かざる客の接近に怯える子供達に優しく言葉をかけ、近づいて来るそいつらの前まで歩いて行く。


「よお、久しぶりだな。俺の事、覚えてるかい?」


顔見知りの男が、俺に声をかけて来る。


「ああ、覚えてるさ。俺に何の用だ?ザコッパ」


奴の名はザコッパ。

かつて監獄で、ゲリュオンの手下だった男だ。


そして――


脱出の際、囮として切り捨てた相手でもある。

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