Ⅸ.

49.新作発表会in喫茶二見

「どう?今回、結構自信あるんだけど」


 放課後。


 喫茶二見ふたみのいつもの席で、俺に語り掛けるのは珍しく二見ではなく、母親の陽菜はるなさんだった。


 年齢は三十代のどこか、染めている金髪と、薄着の際に時折見え隠れするタトゥーから、初見だと怖い人に見られがちだが、家族ぐるみの付き合いをしている俺が断言しよう。そんなことは全然ない。


 人によっては「金髪=怖い人」とか「タトゥー=反社会集団」というレッテル貼りをすることもあるかもしれないが、彼女は概ねそれとは真逆と言っていい人だった。


 俺にも二見にも優しいし、夫である明さんとの仲も未だに良好で、年に一回は二人だけで旅行に行くらしい。二見曰く「あれでよく私の弟や妹が増えないよね」ということで、未だにお盛んでもあるらしい。


 なにせ、結婚よりも子供の妊娠の方が先だったらしいし。所謂出来ちゃった婚というやつだ。最近は違うんだっけ?まあいいや、そんなこと。興味ないし。


 そんな夫大好き陽菜さんが何故俺と一緒に居るかと言えば、


「毎回美味しいですけど……これ良いですね。なんて言うか不思議というか」


 そう言いつ、俺は目の前にある新作ケーキをもう一口頂く。


 そう。


 何を隠そう、今日は喫茶二見の新商品として開発しているケーキの試食を担当しているのだ。ちなみにこれが初めてではない。と、いうか。もう割と定期イベントとなってきている節がある。


そういうのはもっと味に詳しい人間にやってもらえばいいのにと思わなくも無いし、一度そんなことを言ってみたこともあるのだが、


「零くんはホント、忖度無しに感想言ってくれるからいいんだよ。それに、知識がない、素人に受けないと、商品としては成立しないしね」


 と言い返されてしまったので、それ以降定例イベントとして開催されている。言わんとすることは分かるのだが、細かな知識もあって、忖度せずに、一般大衆に受けるかどうかも判別出来る人間っていると思うけどな……もっと言うと、俺はどっちかっていうとひねくれたマイノリティの方だと思うんだがな。自分で言うのもなんだけど。


 とまあ、色々思うことはあれど、毎回ほぼ外れの無い新作ケーキを試食出来る権利というのはなかなか巡ってくるものではないのも分かっているので、毎回こうしてありがたく食べさせてもらって、その感想を、あくまで忖度無しに伝えているのだ。


「俺、正直、オレンジっていうか、柑橘系の苦みっていうんですか?そういうのあんまり好きじゃないんですよ」


「ほうほう」


「だけど、こうやって甘さと合わさると不思議ですね。ああ、この苦みにもちゃんと活躍する場所があったんだなって思いますよ。それを活かしてないものしか食べてこなかったのか、俺が気が付かなかったのかは分かりませんけど……発見です」


「君はほんとに面白い感想を言うねえ」


「そうですか?」


「そうだよ。なんて言うか、詩的っていうか。文学的センスを感じるけど」


「そんなことないと思いますよ。俺はただのしがない高校一年生です」


「そう?ま、なんでもいいんだけど。良いところは分かったけど、改善点、なんかある?」


「そう……ですね……今はこうやってケーキの生地に練りこまれてますけど、食感が一緒というか。そこに差があるともっと良いかなぁと思ったりはしますね。ほら、食感が色々あると人間美味しく感じるって言うじゃないですか」


「ああ、確かに……っていうか、よくそんなの知ってるね」


「昔なんかで見たんですよ。何で見たかも忘れましたけどね」


「ふーん…………分かった。参考にするね。ありがと。それは、食べちゃっていいからね」


「え、いや、これ全部って」


「食べきれなかったら、箱か何かに入れてあげるから、後で言って?んじゃねー」


 陽菜さんはそれだけ言って去っていった。つくづくフリーダムというかなんというか。と、いうか、


「これを俺一人では無理だろうよ……」


 俺は改めてテーブルの上に置かれた、一切れ切り分けただけのホールケーキを見つめる。サイズとしては小さいものではあるのだが、ホールはホールだ。後三人くらいは助っ人が必要なサイズだろ、これ。


「後で箱、容易してもらうか……」


 と、そんなことを考えていると、


「どうぞどうぞ~」


「お、お邪魔しまーす……」


「いや、家にお邪魔する訳じゃないからね?」


 カランコロンという音と共に、三人の女の子が入店する。三人は、うち一人が先導する形で、俺の座っている特等席までやってきて、


「よ、お待たせ」


「ど、どうも……」


「ふんっ……」


 二見、小此木おこのぎ星咲ほしざきが三者三様の反応をした。

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