48.負けを認めたくないからこそ。
『ああ?類人猿ってなんだよ、私には
「聞いてねえんだよ黙れ。今こっちが喋ってんだろ。人が喋ってる時に喋っちゃいけませんって小学校で習わなかったのか?ああ、ごめんごめん、お前は類人猿であって、ヒト科ではないから、俺たちと同じ教育は受けてねえんだったな」
『お前……』
『オイ最上、私との話は終わってねえぞ』
『ああ?お前と話す内容なんか何も』
『いくらでもあんだろ頭いかれたか?まず言っておくが、今うざったいノイズを出した野郎は彼氏でもなければ友達でもない、なんだったら金輪際会話もしたくねえ相手なんだよ。それとの会話を「痴話喧嘩」だぁ?何意味の分かんないこと言ってんだよ』
俺の隣から
最上が、
『チッ……んじゃ、それでいいよ。私は行くからな』
どうやら俺を探しに行こうとしていたようだ。ところが、
『っ……なんだよ。離せよ』
星咲に捕まったようだ。
『離さねえよ。お前、なんで今日、私を図書室なんかに呼び出したんだよ』
『そ、それはちょっと色々あってな……』
久々に口を開いた
『え、そんな約束してたの?知らなかった☆』
見つけた。
微かに開いた、解決への糸口だ。
「もしもし堺田か?」
『あ、うん。聞こえてるよ☆なに、えっと……』
「
『神木。良い苗字だね☆』
「お褒めに預かり光栄だ。さて。本題だ。先ほどの会話から分かるように、どうやら最上は星咲を図書館に呼び出していたようだ」
『そうみたいだね☆』
「しかし、堺田はそれを知らなかった。間違いないな?」
『うん。知らなかったな☆』
「ありがとう。これで事実がはっきりした。最上。お前は星咲に恥をかかせるために、図書館に呼び出したり、偽の情報を流したりした。違うか?」
最上が、
『そ、そんなことするわけねえだろ?』
「そうか?おかしいな?それなら移動教室の時は星咲が勝手に間違えたということか?」
『そ、そうだよ。悪いか?』
「悪くはない。悪くはないが。そうなると、星咲と最上。二人の主張が完全に食い違う。これでは平行線だ。真実にはたどり着けない」
『そ、そんなもんどうでもいいだろ』
「ところがそうでもない。もし仮に、最上が星咲に偽の約束や情報を流していたのであれば、それは明確な嫌がらせだ。しかも、堺田には知らせずにやっている。と、なると、そうとう面倒な手順が必要だし、それだけのことをするには、それなりの同機があると考えられる。それが何か。俺は非常に気になって仕方が無いんだ。だってそうだろう?最上。お前のようなボス猿が、いち子分でしかない星咲に対して攻撃を仕掛ける必要性は皆無だ。そんなことをしなくとも、こいつはお前にぺこついているのだから。その関係性を維持する意味こそあれど、破壊する理由がないように見える。
『あ、ああ?なんだよ』
「お前なら分かるはずだ。お前ら四人の関係性が変化したタイミングがいつか。答えられるな?」
『それは…………あの時の一件があってから、だけど……』
「なるほど。つまり、星咲の作品を見てから変わった、と。なあ、最上」
『な、なんだよ』
「お前、漫画か何か描いてるだ」
『は、はぁ!?んなわけねえだろ!?』
あたりだ。
つくづく思うが、反応が分かりやすすぎる。顔を見るまでも無い。声で分かる。こいつは「クロ」だ。
俺は更に続ける。
「そうだな。もしかしたら漫画ではないかもしれない。小説とか、その類の可能性も否定できない。それどころか、実際に作っているかも分からん。もしかしたら、様々な作品を「鑑賞」しているだけかもしれない。そのあたりは最上のみぞ知るといったところだが……いずれにしても最上。お前はきっと、星咲の作品を見て、確かに「面白い」と思ったはずだ。違うか?」
『そ、そんなわけないだろ、馬鹿じゃねえのか?』
「そうか。しかしそうなると意外だ。確かにあの作品は伝え方が下手だ。専門的な用語も多い。もうちょっと読み手に分かるようにかみ砕いた方がいいのは事実だろう。しかし、そうだな……堺田」
『ん?なーにー?』
「お前、あの話を見てどう思った?」
『んー……』
堺田は暫く考え込み、
「なんか難しかった。なんだっけ、なんとか理論」
『超ひも理論だよ』
「おや、不思議だな。何故そんなところまで覚えているんだ?」
『べ、別にそれくらい知っててもおかしくないだろ?』
「そうだな。確かにおかしくはない。おかしくはないが、あの作品が伝わりにくい最大の理由はSF用語に対しての説明が足りないことだ。だからこそ、読者からすればいまいちシナリオの方に入っていけない。しかし、しかしだ。俺もそうだが、ある程度用語の知識があれば、そうなることはない。そう、例えば「ひも理論」などという言葉が一瞬で出てくるような人間には、そんなに難しいことは無いはずだが……?」
『ぐっ……そ、それは』
正直なことを言えば、言い逃れは難しくない。
星咲の描いてきた作品は確かに説明不足の多いものだった。俺は理解出来たが、じゃあ一般大衆にそれを見せて理解されるかはまた別問題だ。
義務教育を受けていようと、理系の大学に通っていようと、そんなことはお構いなしに、実に中学生レベルの知識で躓くのが一般大衆だ。そんな無知蒙昧な輩に見せるには、やや説明が足りていない。それだけなのだ。
だから反論は「私はあくまで客観的に感じたことを話したまで。自分が理解できるかは関係ない」と言えばそれで成立する話だ。ただ、残念なことに最上はそこまでの頭が無いらしい。あるいは追いつめられるのに慣れてないか。恐らく後者な気がする。
更に不利なことに、ここぞとばかりに星咲が、
『は、なにアンタ。そこまで分かっててつまらないとか言ったわけ?そんな審美眼でよく私に意見出来たわね?』
更に堺田が、
『え、なに?最上ちゃんあれ分かるの?だったら私に説明してほしかったな~☆』
分かった。
こいつは基本的に勝馬に乗るタイプだ。
だから、自分が負けそうな方に加担していると感じたら、すぐさま反旗を翻すんだ。味方には一切欲しくないタイプだが、こういう場合は非常に心強い。
とどめとばかりに小路が、
『じ、実はね、星咲。あれ、私もちょっと面白いかなって思ってたん、だよね』
『え、マジ?だってあの時は全然』
『そ、それは、その時の流れって言うか……ゴメン!』
頭を下げたのだろうか。土下座をしたのだろうか。その光景は俺の視界には届かない。
ただ、ひとつだけ言えるのは、
『ぐ…………あー!もう!』
最上が確実に追い詰められているということで、
『もう良い。お前ら全員ウザいんだよ!死ね!死んで地獄に行け!』
少しして、クラスの引き戸を、それはそれは力いっぱい開けて、これでもかと怒りを叩きつけるように閉められた音が聞こえてくる。
どうやら、
「…………なんとか、なったみたいだな」
俺たちの完全勝利、だった。
…………勝ち負けが付くような話だっけ?これ。まあ、いいや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。