37.絶対に言ってはいけない一言。

 俺は更に続ける。


「と、いうより。そもそも俺を買いかぶりすぎている」


「そ、そう……なの?」


 小此木おこのぎは実に困った表情で二見ふたみに助け船を求める。当の二見はと言えば、


「いや、れいくんなら出来ると思うよ。曲がりなりにもクラス委員長と、後は担任の力は借りられるって分かってるわけだし」


「そ、そうなの?」


 今度は疑問が俺に投げかけられる。この子はそこで「そうだよ」とか「違うよ」なんて答えが飛んでくるとでも思ってるのだろうか。そして仮に「違うよ」という答えが出てきたらどうするつもりなんだろうか。それでも俺に「私一人でやるよりは絶対に良い」とかなんとか適当な理屈をつけて力を借りるつもりなのだろうか。


 俺は淡々と、


「じゃあ逆に聞くんだけど、小此木さんは、俺とアイツがどういう関係性か分かってる?」 


「えっと……」


 小此木は暫く考え込んだ末に、


「と、友達?」


「はい終わり~。本日の営業は終了しました~」


 俺が両手でシャッターを閉める動作を、


「ちょっと。勝手に営業終了しない」


 しかけたところで、二見に止められる。


「なんだ、つかさは小此木派なのか?」


「そんな派閥はないけど、流石にもうちょっと話聞いてあげてよ」


「と、言ってもな……」


 正直、話など聞かずとも答えは見えている。


 小此木周は凡人だ。決して完璧超人ではない。


 今までも、そしてこれからも、大多数の一部として過ごしていくのだろう。それが彼女の歩く道であり、限界だ。


 だけど、そんなことは分かっていながら、一大決心をした。クラス委員長になると。


 かつて自分が助けられた恩返し……にはならなくとも、自分がした貰った善行を、他人に対してやりたい。その精神は決して否定されるものではない。


 否定されるものではないが、では実際に彼女の器。その大きさに適しているかと言われれば間違いなくノーだ。


 今まではずっと傍観者で、マジョリティーの一部分でしかなかった彼女がもし、人を助けるような人間になりたいと願うのであれば、まずは一期一会。電車で立っている老人に席を譲るみたいな小さなことから始めればよかったのだ。


 まあ最も、そんな自分の器すらも彼女は分かっている。分かったうえで、「もっと大きく変わりたい」と思って、大胆な行動に出たんだ。その結果はもう言うまでも無い。開始一か月も経たずに、学校に出席日数ギリギリしか行かないような、コミュニティ外の人間に対して頭を下げるまでになっているではないか。


 もし仮に、これを助けたらどうなるだろうか。


 彼女は俺に感謝するかもしれない。そして、今後も俺に対して相談ごとを持ってくるだろう。好感度だって上がるかもしれない。


 だけど、その先にあるのはどこまで言っても凡人で、天才になど、どうやったってなれない人間との時間しか転がっていない。俺が求めるのは、そんなどこにでも転がっている、凡人コンプを克服してオンリーワンを目指そうという現実リアルじゃない。従って、


「俺に解決出来るかは分からないが……もし仮に、俺が問題をバシッと解決してみせたなら、何か見返りはあるのか?」


 小此木はオウムのように、


「み、見返りですか?」


「そうだ。曲がりなりにも俺の時間と労力を使うんだ。しかも救う対象は、あの星咲と来た。俺からしてみれば、あいつが三匹の仲間に中途半端にぶら下がろうとして、孤立しようがどうでもいい。勝手にすればいいし、自業自得だとしか思わん。もし仮に、クラス委員長が司で、その司が問題を持ってきたっていうなら、力を貸すのはやぶさかではない。が、小此木。少なくとも俺はお前のことをよく知らない。従って、手を貸す理由がない。俺はクラスメイトだから、とか、同じ学校に通っているからなどというどうでもいい理由で自分の時間を切り売りすることはしない。だからこそ、聞いているんだ、お前に力を貸した場合、俺に何かのメリットがあるのか、とな」


「そ、それは……」


 小此木は俯き、スカートの裾をいじりながら、


「えっと……私が……神木くんの友達になってあげる……とか」


「却下。俺は友達を増やすために時間を割く気は無い。それに、報酬としてなる友達はもう友達とは言わない」


「そ、そうだよね……それなら……えっと……」


 考え込む小此木。横から二見が、


「ちょっと零くん。いくら何でも冷たすぎない?いつも伊万里いまりさんとか、だいちゃんに対してはもっとずっと優しい癖に」


「別に冷たくはないぞ。いつも通りだ。伊万里さんだって、{安楽城あらきだって、それなりの才能がある。伊万里さんに力を貸せば、間接的に帝や、まだ見ぬ天才を助けることにもなるかもしれない」


「じゃあ、伊万里さんたちとは利益関係だけで繋がってるってこと?」


「いいや。別に利益になろうがなるまいが、関係を切ることはない。俺と二人はそういう関係だ」


「なら小此木さんとだって、そういう関係になれるでしょ」


「それは難しいな」


「なんでよ」


「なんでもだ。お前、それを本人の居る前で聞くか?」


「それは……だって、もうちょっと優しくしてあげてもいいと思って」


 おかしい。


 確かに二見は俺と違って優しい。もし俺が全く小此木の力にならなかったとしても、二見だけでも何とか力になろうと考えるだろう。しかし、それはあくまで個人的な問題だ。二見は……いや、二見こそ、俺がこういうとき、どんな対応をするかをよく知っているはずいなのだ。それなのになぜ、


「あ、あのっ」


「あん?」


 小此木が提案する。


「そ、それなら。どんな報酬があれば、力を貸してもらえる?正直、私一人じゃ手に負えないから、力を借りたくって」


「どんな報酬、ねえ……」


「なんでも言って。私に出来ることなら何でもするから」


 ん?今なんでもするって言ったよね?

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