38.続・変人と変人は引かれあうって話。

 俺はその「絶対に言ってはいけないワード」を聞き逃さずにキャッチし、それに見合った要求を突き出す。


「んじゃ、身体」


「…………はい?」


「だから、身体だって。ほら、よくあるだろ。漫画とかで。身体で払ってもらおうかな~って。それそれ」


「な、な、な……」


 フリーズする小此木おこのぎ。そして、彼女よりも先に反応を見せたのが、


「おいこら童貞幼馴染」


「なんだよ。今良いところなんだから話しかけるんじゃないよ」


「話しかけるんじゃないよ、じゃないよ。れいくん、何要求してるのさ」


「身体?」


「内容を繰り返せって言ったんじゃない。そんなとんでもないことを要求するなって言ってるの」


「そんなとんでもないことか?だって今小此木は「自分に出来ることならなんでも」って言ってたぞ。身体を差し出すことは「自分に出来ること」のうちに入るだろう」


「それはそうかもしれないけど……でも、同級生に対して要求することじゃないでしょ」


「じゃあ逆に聞くが、つかさはそれ以外の解決方法が思いつくのか?」


「それ……は」


「言っておくが、こじゃれた贈り物なんぞ要らんぞ?それから感謝の気持ちなどという食えもしないものも却下だ。好感度だって、もし本気で上げたいのなら、こんな要求はせずに二つ返事で力になってるから却下だ。友達になる……に関してはさっき否定したな。後は恋人になるってのが残ってるが、これも友達と同じ理由で却下だ。お礼で恋人になられても何一つ嬉しくはないからな。そして、」


 俺は二見ふたみに顔を近づけ、額に思いっきり人差し指を押し付け、


「その前の一言は撤回しろ。誰が童貞だ、誰が」


 二見は一切引かずに、


「だってそうでしょ。ろくに学校も行かずに、ずっとここと、自宅の往復しかしてない零くんにモテる要素なんてないじゃない」


「その認識が間違っている。そもそも、司と俺の学校に通う頻度は全然違う。従って、司が学校に真面目に通っている時間帯の俺を司は知らない。そのタイミングで何をしているかなんて知るはずもない。従って、モテるかどうかについて語るにしては証拠が不十分だ」


「それはそうかもしれないけど……でも、もしモテるなら、なんでずっとここにいるのさ。彼女とデートの一つでもしてくれば良いじゃない。それに、零くんの性格だったら、彼女が出来たら報告してくるでしょ。中学校の時だって、同じクラスの女の子と一緒に出掛ける約束をしただけで私にその報告と、どうしたらいいかの相談を」


 俺はすぐさま幼馴染のうるさい口をふさぎ、


「あまり人の過去をべらべらと喋るな。さもないと、俺もお前の恥ずかしい過去を小此木に対して暴露するぞ。いいのか?お前は俺と違って、両親と仲が良い。だから、お前が墓場まで持っていきたいようなはずかしーい秘密をいくらでも入手が出来る。その俺と暴露合戦になって、どちらが傷つくかは明白だ。な?分かっただろう。分かったのなら、素直にうなづけ」


 二見が無言で縦に頷く。流石に互いに傷を負うだけの虚しい戦いをする気は無いらしい。


 ちなみに、二見が知られたくないであろう過去なんて殆ど知らないんだけどね。もちろん、いざとなったら両親に聞くことが出来るっていうアドバンテージがあるのは確かなんだけど。こういう時に大事なのは情報を「隠す」ことだ。嘘をつくことじゃない。


 俺はゆっくりと二見の口元から手を放したうえで、小此木の方を向き、


「まあでも、そういうことだ。俺は星咲を助けようという気持ちが無い。確かにアイツの描く絵は上手い。だけどそれは「よくある上手さ」だ、シナリオだって、磨いたら輝くかも分からん。んで、性格自体は全く好かん。そんな人間を助けるには、それ相応の利益がないとってことだ。小此木の求めてる理想の委員長像とは概ね真逆かもしれないが、世の中にはこういう人間もいるってことだ。諦めな」


 正直なところ、身体を求めたのは完全に「断る口実」だった。


 もちろん、状況によっては話が違うだろう。身体さえ捧げれば、性欲のはけ口にさえなれば、自分の夢が叶う。その状況での提示なら、重みも違うだろう。


 しかし、彼女が俺に求めているのは、クラス内問題の解決。しかもその助力だ。こちらは解決するとも約束はしていない。にも拘わらず、身体を求める。もしかしたらこれが初めてかもしれない、一生ものの体験を、同じクラスというだけしか共通点が無い人間に捧げる。普通の人間ならそんなことが出来るはずもない。


 ましてや、自分を変えたいなどというありふれた目的で、クラス委員長に立候補するような凡庸な人間には、出来るはずもない。


 そう。これは無理な要求だ。


 そのはず、だったのだ。


 ところが、


「…………分かりました」


「………………はい?」


「私で良ければその……お相手します。だから、どうか、助けてください!」


 頭を下げる小此木。


 どうやら、俺の目の前にいるのは頭のネジが数本外れているらしかった。

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