イケニエ・ロック・フェス(下)
そして、フェスの当日。
俺たちは嵐の中、
『イケニエ・ロック・フェス、開幕だぜーーーー!!!!』
村長らしい男の開幕宣言と共に、嵐の海に供物が捧げられる。
島の名産らしいパイナップル、この海で捕れたであろう魚たち、他の島民たちの歌、『海、その○』のCD――。
神に許されるため、人が得たものを捧げていくという
「ところであの人がお前のお父さんか? 見た目ほぼ30手前とかそのくらいだろ」
「いや、じいちゃん。今年65歳」
「マジかよ……アレ還暦越えてるの? 若すぎだろ……」
俺たちがこのフェスを乗っ取るのは最後の最後。
人を――贄川さんを捧げる、その瞬間。
それまではただ静かに待つだけだ。
『……さむい。一人だけ客席で雨ざらしなのはわかっていてもつらい』
「あー……」
「まああーしらは控え室代わりのテントがあるけど、PAのある客席にはないもんね、屋根……」
『あとで温かいのおごって。肉まんとか』
「夏のコンビニに肉まんは売ってないんじゃないか……?」
「でもそろそろコンビニがおでん始めるんじゃね?」
「離島のコンビニでもおでん始まるのか……」
……静かに待つだけだ。でもごめん圭。
――――――――――――
『それじゃあ最後のラストナンバーは――当然! 若旦那ァ!』
ワァァァァァ!
そしてこの時が来た。
「よし、行くぞ」
「ウェイ!」
『ん』
「いってらー☆」
手順はこうだ。
まず、ステージに上がった千屋がMCで観客の注意を引き付け――。
『……ウェ、ウェーーーーイ!』
『ウェーイ!』
『ウェーーーーーイ!!』
『ウェーイ!』
『ウェーーーーーーーイ!!!!』
『ウェーイ!』
「いやMCヘタクソか?」
――次に、圭が
『ん。タマ取った』
「いや取るなよ……」
『正確に言うとタマ蹴った』
「聞きたくなかったな……」
『じゃあ電話切る。がんば』
――俺が贄川さんの元に行き、そのマイクを持ち――。
「葉加瀬様!?」
「贄川さん。……生贄なんて必要ないんです。このフェスに必要なのは――」
『あれなんだアイツ』
『生贄台に上がって何するんだ?』
『えーヤバウケる』
『バズりそ~。撮っとけ撮っとけ』
「うーし! 準備できたっぽいよ来人! いけいけー!」
――喜屋武は何もしない(することがないため)――。
『ウィッ! 俺たちが歴史を変えるから聞いてくれよこのナンバー! 【生贄】《IKENIE》!』
「――フロウとビートだ!」
『知識の泉は 川から流れる
編んだ言葉は 口から溢れる
神の問いへは 人から問える?
交わす言葉は 握手で終える』
「飛び入り失礼
【生贄】の歌はゴッドへのビート!
神が欲しいのはヘッドよりビート!
MCの終わりはリスペクト!」
この歌の、1番と2番の間にあった歌詞の無いパート。
今のフェスにおいては、この部分は生贄となる人の命乞い、あるいは遺言の時間として使われているそうだ。
だが、本来このフェスが行っていたのはMCバトル。
つまりこのパートの本来の使い方は、後攻のMCのライムを刻むこと!
『神の怒りは 人を許さない
嵐の光は 人を逃さない
子孫を許せば 神は許さない
咎人落とさにゃ 神に詫びれない』
「神に歯向かう男をGO?
口論? ノンノン、それMC!
嵐の原因押し付けBoo!
カミナリ行くならトップの
『なんこれ?』
『クラブみたいじゃんすげえ』
『おいメチャクチャなことなってんぞ! 止めろ止めろ!』
『ってかこんなスクラッチ音入った曲だったかこれ!』
『あ、なんか音響のところに女の子いるべ』
『あれ女の子か? おっぱいないけど』
「……なんか腹立つ事言われた気がする。誰だ。シバくぞ」
周囲のざわめきの中、俺が用意できた【生贄】の歌詞へのライムは刻めた。
そして俺の手番が終わったら、次にライムを入れるのは先行のやることだ。
『ストップスタッフそこまでだ
えー……あー……ちょっと待てい!
MC生贄刻むはビート、
俺たちも言葉はライムがグッド!』
「詰まる言葉は不安の証か?
つまるところそれ返せるか?
罪を認めて彼女を生かせよ
罰を下すのは俺だぜGod!」
『ラッパーみたいじゃんウケる』
『そういやこのシマってラップバトルのフェスないよね』
『スタッフゥー! 止めろ止めろ!』
『えっアレ止めるんスか? 最後まで見たくない?』
『それな』
これで、MCバトルの構図を成り立たせた。
ノリのいいオーディエンスもこちらの味方側についた。
ここから妨害する方法は――。
『渡せ! 若旦那!』
『爺ちゃん!?』
「……やっぱり来るか……」
MCバトルしかないし、正直そうなるとは思った。
思っていたが……これまでは投げてきたのは定められた歌詞に対するアンサーと、事前に作っておいた台本のあるライムだけ。
つまり、ここからが本当のMCバトルだ。
『孫の招待 壊すな祝祭
フェスのバイブス 壊すなShow time
たわけの戯言 証拠はどこだ?
MCグランに 証明出しなァ!』
「ぐっ……」
その勢いはスピーカーからの音の響きが勢いとしてこちらに向かってくるのが感じられた。
が、その程度で俺は止まらない。
「たわけはどっちだ 因習村長
昔の話を 知らない老人?
姉ちゃんの話を俺は聞いた
ねえちゃんと聞いたことがあるか?」
まずは小手調べ。そもそもこの爺が歴史を知っているかどうかを聞き出す。
『聞いたことがないと思うか笑止!
伝わる話を知らない
歴史の話を始める前にィ?
目上の人間敬う開始!』
「国語の時間は 終わりだ
今やることがわからない老後?
質問答えろ このフェスの
成り立ち言いなよ ほらLet's GO!」
『いいぞ若者 仕方がないのう
先祖の言葉は神にはNO!
神の怒りを鎮める奉納!
今もあるだろ 雷暴風!』
音楽に合わせたフロウでは少し伝わりにくいが、まあ成り立ちくらいはわかっているらしい。
ならその反論をするのが俺のMCだ。
「神にはNO? いやこれMCバトル。
言葉のナイフを向けあうバトル。
嵐で傷つくの全部島民。
ラップを汚したここの愚民!」
『ヌゥッ……!』
『あーーっと! MCグランが膝を付いたしー!?』
『やーこれは重いッスね。相手にNOを叩きつけるのがMCバトルなんで、ただNOをつきつけただけで罰したってのはMCバトルを否定する流れになってしまうから、そこを突かれると痛いッス』
「なに実況始めてんのあの二人?」
『いえーい、ステージ上見てるー?』
「余裕が出来たからって私信を求めるなDJ圭!」
少しよろけて片膝を付いたMC
それを、いつの間にかPA席にて実況と解説の枠に収まった喜屋武と千屋が詳細に伝える。
……というか最初の一発目で感じたが、もしかしてこのMCバトルは本当の衝撃を伝えているのでは?
『ならばどうするこの嵐!?
島には船が欠かせなし!
嵐を鎮めるこの祭り、
船が沈めば後の祭りィ!」
「んなもん……」
ここで俺のターンに回ろうとしたその時、お互いにこれまで4小節で紡いできたフロウに変化があった。
『言うこと聞かない若輩ギーグ!
論ずる余地なし時間なし!
歴史が答えを知っている!
贄を捧げて――止めているゥ!』
追加の4小節と共に、MCグランは禁じ手を切ってきた。
「――んなっ、物理!?」
『マイクスタンドを投げたァーー!?』
論破が出来ないと判別したのか、ステージ上のマイクスタンドをこちらに投げつけた。
若々しい見た目だったが、肉体的にも衰えていないどころかその辺の若者よりも肉体のキレは凄まじい。
「葉加瀬様っ!」
「ぐっ……!」
こんなもん、MCバトルをしている場合じゃない。
とっさに贄川さんを抱き寄せ、身をかがめて防御の姿勢を取り――。
海の方から、強烈な突風が吹いた。
「……あれ?」
『……マジ?』
『奇跡じゃ……』
『……え、今の撮った?』
『撮ってる撮ってる!』
『……な、投げられたスタンドを風が押し戻したーーーー!!!!』
『スッゲ! マジでスッゲ! スゲーーーーーー!!!!』
ざわつく会場。
と同時に、なんとなくだが雨も風も少しずつ収まっているように感じている。
向こうの戦意も折れかけているのであれば、これが最後の一撃だ。
「見たかこの風、この状況!
神様サンクスその防御!
ルールを無視したその一撃!
間違いを正すことの放棄!」
雲はまだ残っているが、夕焼けの日差しは差し込みつつあった。
「気付けば嵐ももう終わり!
沈んでいくのは陽の光!
見たか因習アイランド、
これがフェスの――ハッピーエンド!」
――その光は、まるで勝者を照らす光のようだったと、後で圭に言われた。
『あ……あ……』
『……勝負あり』
『え、これ勝ち負け決める必要ある?』
『いちおー要るっしょ。……MCグランが勝ったと思うヤツ!』
静寂がフェス会場を包み、そして――。
『――MCハカセが勝ったと思うヤツ!』
少し遅れて、大歓声がフェス会場に響き渡った。
――――――――――――
「……ありがとうございました」
「どういたしまして」
フェスが終わって数時間。
このフェスをメチャクチャにしてしまった上に運営サイド側だった
PA卓を奪い取った
待機場所であったテントには、村としても扱いに困る
「……このあと、どうすればいいんでしょうね」
「……どう、とは?」
「ええ。……私、今日死ぬ予定で生きてたんですよ?
いろんなことを我慢して、いろんなものとお別れして、……なのに、今こうしてここにいるんです」
潮の香りのする南風が吹き抜ける夜。
朧気な月を見つめながら、贄川さんはそう呟いた。
「今日死ぬためになんにもなくすように生きてきたんです。
これまでの生活も、これからの生活も、……名前や、愛情……その辺りもろもろ、なーんにもしらないのに、本当にどうすればいいんでしょうね」
「……これから考えればいいんじゃないですか?」
「え?」
美しい姿に釘付けになっていたが、お先が真っ暗とずっと苦しんでいる姿は見続けることが出来ずに、声をかけてしまった。
「すぐに決めてもいいし、長く考えてもいいし。別に焦る必要は無いと思いますよ」
「……ですが、私は生贄の子。本当にこれで良かったのかすら――」
「じゃあ……『みなみ』さん」
「……え?」
ふと、思いつきが声に出てしまった。
「名前ですよ名前。川の贄なんて読み方から離れることから始めましょう」
「みなみ……」
「みなみ……美しい波? 方角の南? 漢字はどっちがいいかな……」
「……美しいを自分で名乗るのはなんだか恥ずかしいですね」
「じゃあ、方角にしましょうか。この風も……あのときの風も岬のある方……南の方から流れてきた風ですし」
「みなみ……南、南……えへへ」
「……ッ!」
「きゃっ!?」
初めて自分に名前が付いたその姿に、正直庇護欲的な何かを感じて、とっさに抱きしめてしまった。
「……恥ずかしい、です」
「……やってから思いました。俺もです」
「……けど、あったかいです」
「……まあ、嵐の中外に居たわけですからね」
明らかにニヤけた顔になっている。けど、相手もまんざらではなさそうな気がする。
そのまま真面目な顔をして、ギュッと抱きしめた。
「……じゃあ、私も……湘さん」
「や、…………名前で呼ばれると、少しドキッとしますね」
「ふふっ。……心臓の音、大きくなっていますよ」
「恥ずかしい。……み、南さん」
「……はい」
「あー……呼んでみた、だけです」
「……湘さん、真っ赤ですよ」
「……南さんこそ、真っ赤ですよ。」
――――――――――――
……そんな姿を、影から覗く姿がみっつ。
「……ね……」
「ね?」
「
「……寝てから言えし」
イケニエ・ロック・フェス 高取邦彦 @takatori_kunihiko
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