イケニエ・ロック・フェス(中)


「……イケニエ・ロック・フェス、ですか?」

「そう。俺らはそれがあるから見に来るかーって、【若旦那】? ってのになった千屋……くんに誘われたんですよ。

 本人もよくわかってないままリハーサルに行っちゃったから、名前からなんかおかしいし何か知ってるかな……と思って。教えてもらえれば嬉しいです」


 情報収集と役割分担は謎解きの基本。

 生贄になる本人に聞くのはどうかとは思うが、逆に言えば本人以上に詳しい人は早々いないだろう。

 ということで、俺は何も知らない体で贄川さんへ情報収集することにした。

 ちなみにこっそりとボイスメモを起動したスマホも胸に忍ばせている。正確な情報を伝えるのは大事なので。頼むぞiPh○ne。


「……では、少しだけ昔話をいたしましょう。

 もともと、この島には神様が住まうもうひとつの島がありました。その名を【江ノ島】」

「江ノ島」

「神と人は共に生き、頻繁に祭りをし、苦楽を共に分かち合ったと聞きます。

 ですがある日、一つの祭りで、島に流れる川の管理人であったある男と神が口汚い言葉を交わしあい、神は頬を赤らめお怒りになってお隠れになりました。

 その姿を見た人間たちは怒り狂ってその男を殺し、神へお詫びの形として命を捧げました」


「ですが神の怒りは留まることはありませんでした。

 男の命を捧げた後、嵐が島を襲い、そのまま江ノ島は海へ消えていきました。

 ……ですが、海へ消えた江ノ島は、完全に消えたわけではありませんでした」

「というと?」

「18年後、嵐とともに江ノ島は再び姿を見せました。

 嵐による稲妻で島の船に大きな傷がついてしまい、漁に出ることが出来なくなり……これは神の怒りだ、と主張するものが現れました。

 人々は神に許しを乞うため、男の妹を江ノ島の見える岬エノシマ・ロックから投げ落とし、生贄に捧げました。

 ……嵐は治まりましたが、江ノ島は再び姿を隠しました」

「……まさか、18年後にまた?」

「はい。……再び嵐と共に江ノ島が現れて、妹の子を生贄に捧げることで嵐を治めました」

「……その繰り返しということですね」

「そうです。そして今年がその18年目、ということです。

 嵐と稲妻を治めるために生贄を捧げる儀式という祭りフェス……それが、イケニエ・ロック・フェスです」


 なんとなく概要は把握できた。

 ……が、食い違う所がひとつある。


「俺は、生贄になるのは『ノリの悪い奴』と聞いていますが、それは?」

「それは……たぶん、元の祭りがそういう祭りだったからではないでしょうか?」

「元の祭り?」

「元来、この祭りはクイズ大会のようなものだったと聞いています。

 音楽に合わせ神が問いを出し、音楽に合わせて参加者が答えを出す。定められた歌詞のない歌を神に捧げるため、高い教養を必要としていました。

 そういったものが出来る人は、普通の祭りで騒ぐことをあまりしなかったから……でしょうか。あくまで、推測ですが」

「クイズ大会、ねえ……しかしお詳しい。そういった伝承をどちらで?」

「……当事者、ですから」

「当事者? ……まさか」

「はい。贄川……生贄に捧げられる川の管理人の血族である私が、次の生贄です」

「それは……すみませんでした」


 知ってはいた。

 知ってはいたが、いざ本人から悲痛な声とともにその事実を聞いてしまうと、俺は謝ることしかできなくなってしまった。


「……お気になさらないでください」

「でも、……こんなことを聞いたら、気にするに決まっています」

「そう、ですね……では、許す条件をひとつだけ」

「条件……?」

「……私には弟と妹がいるのですが……。この伝承を、二人にも伝えていただけないでしょうか」

「ご家族に?」

「はい。本当は私から伝えるべきなのですが……会うと、この後が辛くなってしまいますから。家族にはもう会いたくないんです。

 私に残せるものはこれだけですから……。」

「……わかりました。二人のお名前は?」

「弟は誠也で……妹に名前はありません」

「……名前が、ない?」

「ええ。生贄に名前があると愛着が湧いてしまいますから。次の生贄になることが決まっている妹にも、私にも名前はありません

 私は……名前も、何も残すことができないのだから、せめて記録だけは残したいのです」


 自分が思った以上に、入ってはいけないところに入ってしまったのかもしれない。

 だけども、それが最後の願いであれば……叶えてあげないと、いけないと思った。


「……わかり、ました」

「ありがとうございます。……あなたみたいに、賢そうな人と最後に会えて良かった」

「……痛烈に主とかその彼女をディスりますね?」

「最後ですから。……ナイショ、ですよ?」


 唇に指を当ててウィンクしながら、贄川さんはそう言った。

 ……閉じた片目から流れた雫には、お互いに触れることなく、俺はその場を立ち去った。



――――――――――――



「……」

「……」


 部屋に戻った俺は、スマホを交換して贄川さんの伝承を聞いて何か感じないかを圭に確認してもらっている。

 その代わりに俺はわらべ唄を聞いているが……なんというか、違和感がすごい。


『知識の泉は 川から流れる

 編んだ言葉は 口から溢れる

 神の問いへは 人から問える?

 交わす言葉は 握手で終える』


 ここから、同じリズムで歌詞のないパートが続く。

 4小節の歌詞のないパートの後に、わらべ唄の2番が始まった。


『神の怒りは 人を許さない

 嵐の光は 人を逃さない

 子孫を許せば 神は許さない

 咎人落とさにゃ 神に詫びれない』


 ここから、また同じリズムで歌詞のないパートが続く。

 今度は4小節の後も歌詞はないし、残りの再生時間を見ると、まだまだ長い時間音楽だけが続くようだった。


「どう? 【生贄】を聞いた感想は?」

「妙に韻踏みまくったわらべ唄だったな……」

「一応最後まで倍速で聞いたけど、歌詞は2番までだった」

「聞いたんだな……」

「かなり人生の無駄を感じた。それよりも……ん」

「ん?」


 耳に当てていた圭のヘッドホンを外し、とりあえずスマホを返した。

 一方の圭も俺のスマホに刺さったイヤホンを片耳だけ付け、もう片耳だけ俺に渡してきた。


「何? 付き合いたてのカップルのモノマネ?」

「つきっ……聞いて。ここ。おかしい」

「まて勢いよく耳に入れるなコラ」


 少し焦り気味の圭にイヤホンを入れられると、圭はすぐにボイスメモを再生した。


『男の命を捧げた後、嵐が島を襲い、そのまま江ノ島は海へ消えていきました』


「嵐の下りか」

「そう。神の怒りで嵐が島を襲ったという。なら――【神を怒らせた後に嵐が来る】はず。

 なのに、神の怒りが訪れたのは【男の命を捧げた後】」

「逆だな」

「そう。頬を赤らめて……の時点で、実はツンデレラブコメった結果神の怒りがやってきたとか思った」

「前提条件が酷い恋愛脳だな……」

「でもそう考えると、神の怒りは男に向いていたのではなく、島の住民に向いていた可能性が出てくる」


 逆転の発想だが、それを聞いて一つ俺も思いついたことがあった。


『嵐による稲妻で島の船に大きな傷がついてしまい、漁に出ることが出来なくなり……これは神の怒りだ、と主張するものが現れました』


「……『神の怒りは、人を許さない、嵐の光は、人を逃さない』」

「あ……わらべ唄」

「この島から出るための手段は船しかない。それを神の怒りと表現したのは島側、

 だが神の怒りは男を殺したことであり、さらに許すために子孫を落とした、となると……」

「嵐が消えて島も消えた、というよりかは……島が消えたから嵐が消えた、とも取れる」

「もしくは、子孫や死体を傷つけたくないから島ごと消えざるを得なかったとか、まあそういうものの可能性の方が高いか」

「……つまり」


 つまり、簡単に結論を出すと……。


「「生贄に罪はなくて島民に罪がある」」

「……ってコト?」

「ワァ……」

「汚い言葉を聞いて、神が怒ったって勘違いして男を殺したから本当に神様が怒った、

 で、次に現れた時にもう一回生贄に捧げた結果、島民が味を占めた……」

「え、この仮説だとツンデレ同士ががツンを出しあったのを島民が勘違いして……ツン……口汚い?」



『ある男と神が口汚い言葉を交わしあい』


『音楽に合わせ神が問いを出し、音楽に合わせて参加者が答えを出す。定められた歌詞のない歌』


『妙に韻踏みまくったわらべ唄だったな……』


『同じリズムで歌詞のないパートが続く。

 4小節の歌詞のないパートの後に、わらべ唄の2番が始まった』



「……まさか」

「……どうしたの?」

「もしそうなら……生贄を捧げる必要のない、正しい形にフェスを戻すことが出来るかもしれない」

「ちょっと、わたしにも説明して」

「千屋と喜屋武が戻ってきたらまた説明するけど、つまり――」



――――――――――――



「ただウィま」

「やー凄いリハだったー! 見てこれ写真。野外フェスみたいであーしはしゃいじゃった!」

「…………は…………い…………問わない……違うな……」

「……きゅっきゅ……、……きゅっきゅ……」


 解決策を見つけ、それを当日何とかするために練習をしていた俺たちのもとに千屋と喜屋武が帰ってきた。


「……あ、もしかしてお邪魔だった?」

「あーね。できたてはお熱いうちにお召し上がりくださいって言うもんね、後でまた」

「出来てねえよ。集中してたんだ」

「……………………うん、できてない。……できてない」


 なんか壮大に勘違いされたと思ったので一旦イヤホンを外して二人に向き合う。

 遅れて圭もイヤホンを外して二人に向き合う。

 ……顔がちょっと涙目だが、大丈夫だろうか。


「あー……すまん圭、もしかしてやっぱり当日アレやるの……不安か?」

「……そっちは大丈夫。私は七段を持っている。がおー」

「なんの威嚇だよ」

「話は読めないけど、あーしは謝るところはたぶんそっちじゃないと思う」


 よくわからないまま喜屋武にデカめのため息を吐かれた。解せない。


「で、そっちはなんかわかった?」

「わかった。……と思う」

「マジ!?」

「最終確認できそうだけど……喜屋武、フェスの会場の写真撮ったのか?」

「撮った撮った! これこれ!」


 そうはしゃいで見せられた写真には、まるで野外フェスのようなセットが映っていた。

 岩場の縁に置かれた、おそらく生贄用に置かれた1本のマイク。

 そこから離れた、安全地帯である平たい場所に置かれたもう1本のマイク。

 そして、デカいスピーカー、座れそうな客席、音量調節をするPA卓――。

 全てに悪天候対策のビニールも貼ってあるし、客席にはタオルと雨具までセットされた、もはや野外フェスのステージのような光景があった、


「……予想通り」

「ちょっと拡大していい? ……やっぱそう。うん。しょうの言う通り」


 予想は、確信に変わった。


「ちょちょ、説明説明!」

「あーしたちが居ない間に何があったん?」


 とはいえただリハを終えてきただけの二人は何もわかっていない。

 もったいぶる時間も無いので、さっさと答えだけ話すことにした。


「……詳しいことは後で話すが、とりあえずこのイケニエ・ロック・フェスを……」

「わたしと、湘の二人で――」


「「乗っ取る」」

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