第63話
深谷 冬樹:「一緒に来たのはお前の職場の人間だよ。太田一秀って人。俺、お前に『思い出さなくても良い』って記憶を思い出すキッカケみたいなの作っちまったからさ」
冬樹は居酒屋で話した事を気に病み、翌日の夕方、俺に『気にすんなよ』とメールを送ったが返信が来なかったので心配になり、電話をしたがそれも繋がらず。
仕事で忙しいのだろうと思い、夜にもう一度メールと電話をしたが反応無し。
もしかしたら記憶が蘇って辛い思いをしているのかもしれない。
もしかしたら断片的に思い出し、病院に向かってしまったのかもしれない。
ザラザラとした舌で頬を舐められている様な不快感を覚え、冬樹は居ても立っても居られず俺の職場に電話をしたらしい。
その電話に出たのが俺の担当編集者の太田一秀で、俺の居場所を聞けばこの廃病院に撮影に行ったと告げられたそうだ。
深谷 冬樹:「連絡取れないって言ったら太田さんも困ってたみたいで、廃病院で起きた殺人事件の話とか坂巻先生がやばい人だって話をしたら『塩と酒をもって一緒に行きましょう』って言われてさ。嘘は言ってないけど知らない人の話を随分素直に受け入れるなって思ったらさ」
太田 一秀:「僕があの事件の唯一の生き残りなんだよ」
背後から息を切らした太田一秀が現れた。
望月 愼介:「おい、大丈夫かよ」
太田 一秀:「無事に脱出した望月さん見たら嬉しくて、つい」
走って来てしまったと、朝日に照らされて太田は笑った。
望月 愼介:「なぁ、もしかして太田さん……昔ここの病院の206号室に入院してました?」
太田 一秀:「え、何で知ってるんですか?」
望月 愼介:「いや、まぁな」
麗奈と香奈の記憶を見たとは言えなかったので、適当に言葉を濁した。
太田 一秀:「そうだよ。何で入院してるのか分からないぐらい体は元気だったから、よくいたずらして看護婦さんに怒られてたんですよね」
深谷 冬樹:「花壇の鍵を見つけてくれたのは太田さんなんだぜ」
冬樹は得意気に笑う。
太田 一秀:「昔、盗んだ鍵を2階の窓から花壇に向かって投げたりしてたから、もしかしたらあるかもって」
深谷 冬樹:「でもすごい偶然ですよね、通報者が慎介の編集者だなんて」
望月 愼介:「ほんとだな。生きててよかったですよ、太田さん」
太田 一秀:「うん、そうだね。あの時、病室に居ろって言ってくれた女の子に感謝だよ」
苦笑いを浮かべている太田の傍には嬉しそうな顔で見上げている香奈の姿があった。
俺の友達だと言いたい気持ちを抑え、俺の脚にしがみ付いている麗奈の頭を優しく撫でた。
???:「みなさーん!! 大丈夫ですかー!?」
知らない女の人の声がして、俺たちは山道を見た。
太田 一秀:「あ、刑事さんたちやっと来た」
太田さんはスーツを着た女性とその隣を歩く若い男性を知っているらしく、手招きをしてこちらに呼んだ。
深谷 冬樹:「太田さんが呼んでくれたんだ。ここに来る途中でぐちゃぐちゃになった死体とお前の車があったからな」
知らない2人を見つめていると、冬樹が小声で教えてくれた。
その死体は昌暉のものだろう。
望月 愼介:「……あのな、冬樹。誠也は先生が犯人だって証拠を見つけようとして1人でここに来てたんだ」
深谷 冬樹:「……ここに居たのか?」
望月 愼介:「……あぁ、骨になってたよ。5年も閉じ込められてたんだ」
深谷 冬樹:「……そうか」
そこで俺たちの会話は男女の刑事の自己紹介で途切れた。
折笠 久美:「初めまして。‟
赤野 青羽:「同じく怪奇現象捜査班の
折笠 久美:「通報者の太田さんから事情はお伺いしています。詳しい話をしたいのですが、まずは病院ですね」
折笠久美と名乗る刑事は俺のこめかみの怪我を見て、眉を寄せた。
望月 愼介:「あ、あの……怪奇現象捜査班、でしたっけ? 聞いたことない名前なんですけど」
本当に警察なのか疑いの目を向ける。
折笠 久美:「まぁそうなりますねよ。最近できたばかりの班で、まだ所属してるのは我々だけなんです」
望月 愼介:「は、はぁ……」
赤野 青羽:「アウラウネっていう怪物倒したり、屋敷の謎解いたり。普通じゃない事件の捜査を担当しています。この廃病院も本来なら我々が担当する案件なんです」
胸を張る男の刑事は、見たところ陣内や軽部と年が近いように見える。
折笠 久美:「私たちの話は車の中でしますので、まずは病院に行きましょう。車で道が塞がってたので下に車を停めてあります。赤野君、向こうに居る3人に事情を説明して車に案内してあげて」
赤野 青羽:「分かりました」
若い刑事は神澤たちが居る方に走って行った。
折笠 久美:「私たちも行きましょう。ご案内します」
望月 愼介:「あの、刑事さん。あの中に……俺の同級生の刑事と事件の被害者の母親、犯人の死体が在ります。道中にあった肉塊は少年の死体です」
折笠 久美:「その、同級生の刑事って人の名前を教えていただけますか?」
望月 愼介:「田所、誠也です」
折笠 久美:「……私の同期です。5年前に突然消えて連絡が取れなくなっていたんですけど、ここに居たのね」
この時、俺は誠也の手帳に書かれていた仕事仲間へのメッセージの中に『折笠久美』と名前が書いてあったのを思い出した。
望月 愼介:「これ、誠也の手帳です」
俺は誠也の形見を女刑事に差し出した。
女刑事は手帳を受け取り、潤む瞳で礼を言ってから受け取った。
折笠 久美:「田所君の事聞きたいから、病院に行く車の中で教えてくれるかしら。もちろん、傷が痛むだろうから無理にとは言わないけど」
女刑事は誠也の手帳を、ぎゅっと握りしめる。
望月 愼介:「痛みには慣れたんでお話ししますよ、命の恩人の……友達の事」
折笠 久美:「幽霊も悪魔も信じる捜査班だから何でも教えてちょうだい。さぁ、車に行きましょ」
ぞろぞろと全員が案内に従いながら、廃病院に背を向けて歩き出す。
俺も一歩踏み出したが、その足を戻し、踵を返した。
すると廃病院の前でこちらを見ている由紀子さんと目が合った。
両脇には麗奈と香奈が居る。
車に向かっている女刑事さんは俺が居ない事に気が付いていないので、俺は3人の霊に歩み寄った。
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