第62話


2階から降りて来た亡霊が、俺たちの存在に気が付いてしまったのだ。


神澤 真梨菜:「ヤバい! 望月さん!!」


廊下を埋め尽くす亡霊に圧倒された神澤が俺のところに駆け寄って来た。


陣内:「ト、トイレに逃げ込みましょう!?」


軽部の服を強く握る陣内が提案する。



◇◇◇

選択肢


『トイレに逃げ込む』

『扉の前から移動しない』


◇◇◇



望月 愼介:「トイレに逃げるのは得策じゃない」


俺はこの場に残る選択肢を選んだ。


望月 愼介:「トイレに逃げ込めば確かに接触は防げるだろうが、二度と出られなくなるぞ」


無数の亡霊がトイレの前に押し寄せたら、扉は二度と開けられない。


誠也が出入口の扉を開けられても、俺たちに脱出は不可能になる。


望月 愼介:「誠也は鍵の場所を分かってる。大丈夫だ。すぐに開けてくれる」


陣内:「で、でも! このままここに居たら、来ちゃいますよ!?」


陣内は俺の説明を理解しているようだが、目の前の恐怖から一刻も早く隠れたいらしい。


そんなの、ここに居る全員が思っている事だ。


トイレに逃げ込んで寿命が少しでも延びるなら、そうしたいさ。


でも寿命を延ばしたところで、ここで死ぬのは変わらない。


柳 由紀子:「大丈夫よ。私たちが盾になるから」


そう言って由紀子は、扉に背中を押し当てている俺たちの前に立った。


それを見て麗奈と香奈も母親の両脇に立ち、両手を広げる。


望月 愼介:「お前たちがどうこうできる相手じゃないだろ!? 同じ霊でも相手は大人だぞ!」


11歳の少女たちに下がるように怒鳴った。


柳 麗奈:「今度は私たちが慎介君の役に立ちたいの」


柳 香奈:「私たちも助けたい」


麗奈も香奈も俺の話を聞いてくれない。


小さな背中が逞しく見えてしまった。


望月 愼介:「じゃぁ任せたぞ!」


そうは言うが、相手の数が多すぎる。


廊下を歩けない亡霊は、壁や天井を這っている。


ゆっくりだが、先ほどと違うのは目的をもって向かってきているという事だ。


誠也が早く開けてくれなければ、確実に死ぬ。


望月 愼介:「誠也!! 早くしろ!! もうそこまで来てんだよ!!」


扉の外に居るはずの誠也に声を掛けるが、返事が返ってこない。


神澤 真梨菜:「誠也さん!? 病院を背にして左側の花壇ですよ!?」


神澤も返事がないことを不安に思い、外に向かって大きな声を出す。


だが誠也からの返事は無い。


まさか、全身外に出したら消えてしまったのか!?


陣内:「望月さん! もうッ!!」


陣内が天井から目を背けて、軽部の服を握りながら俺の右腕にしがみ付く。


天井には亡霊の群れよりも早く俺たちの前に到着をして、様子を窺っている亡霊が3体居た。


3体の亡霊は気持ち悪く首を傾げながら、じりじりと近付き、飛び掛かる前の猫のように上半身を低くて腰を上げた。


望月 愼介:「(もうダメだ)」


そして3体の亡霊の体が天井から離れた。


望月 愼介:「(来るッ!!)」


???:「慎介!!」


俺の名を呼んだのは、ここに居るはずの無い男だった。


背を預けていた扉が開き、俺たちはそれぞれ悲鳴を上げながら外の世界に尻餅をつく。


俺たちの事を助けてくれた男は廃病院の中に大量の塩を投げ込み、何やら茶色い瓶を投げ込んだ。


割れた瞬間に酒の臭いが漂ってきた。


望月 愼介:「そんなんでお祓いできんのかよ、冬樹」


出入口の扉を開けたのは誠也ではなく、この病院の入院患者でもあった深谷冬樹だった。


深谷 冬樹:「俺見えないから分かんねーけど、塩と酒ありゃ何とかなんじゃね?」


敵の姿が見えない冬樹は適当なことを言っているが、確かに亡霊たちは廃病院の奥へと逃げ込んでいる。


昇った太陽の光のお陰かもしれないが、今は塩と酒で霊を追い払えたのだと思うことにする。


立ち上がった俺は冬樹と扉を閉めて鍵を掛けた。


陣内:「はぁぁぁああ!! 脱出できたッ!!」


軽部:「あぁ……良かったよ、ほんと」


陣内と軽部は互いの存在を確かめるように強く抱きしめ合ったあと、冬樹に礼を言って頭を下げた。


神澤も生きて脱出できたことを喜び、冬樹に感謝を述べていた。


俺は礼を言う前に鍵を開けてくれと頼んだ誠也を探すと、花壇の傍で笑って立っていた。


望月 愼介:「おい、何してたんだよ。返事ないから心配しただろ」


誠也に歩み寄りながら睨む。


田所 誠也:「わりぃ。俺が外に出たら冬樹と他に男が居てさ、花壇あさってたから迂闊に動けなくてさ」


望月 愼介:「他に男?」


深谷 冬樹:「慎介、誰と喋ってんだ?」


脱出を喜んでいる3人に背を向けて花壇で誠也と話していると、背後から不思議そうな顔をした冬樹に話しかけられた。


望月 愼介:「あ……いや、気にすんな。それより冬樹、お前ひとりで来たのか? というか何でここに来た?」


俺がこの病院に来ることは伝えて無かったし、外に助けを呼べる状態でもなかった。


なのに何故、冬樹はこの場所に居て、都合よく塩や酒を持っているのだろうか。




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