第60話


転がった懐中電灯を拾い上げる。


俺は手の中で黒焦げになったしおりを、坂巻先生が消えた地面にそっと置いた。


しゃがみこんで手を合わせてから立ち上がると、2つの死体の傍らに座り込んでいる神澤を迎えに行った。


望月 愼介:「本当に脚が折れたのかと思って心配したぞ」


神澤の手を引いて立ち上がらせる。


神澤 真梨菜:「敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ?」


立ち上がった神澤はお尻に付いた砂埃を払いながら、ドヤ顔をしている。


望月 愼介:「……お見事だったよ」


ため息交じりに言うと「でも」と神澤は続ける。


神澤 真梨菜:「気を失ったのは本当。あの子が居なかったら、いつ目を覚ましてたか分かんないよ」


俺は苦笑いを浮かべる神澤の肩を叩いた。


望月 愼介:「全員で来て正解だったって事だな」


神澤 真梨菜:「そうだね」


お互い、自然と笑みが浮かぶ。


神澤 真梨菜:「みんな心配してるだろうから早く行こ」


望月 愼介:「あぁ」


由紀子の死体を持ち出そうかと思ったが、変わり果てた姿の自分をあえて見せる必要は無いと思い、手ぶらで階段を上がった。


望月 愼介:「神澤、先に行っててくれ。ダチに会ってくる」


神澤 真梨菜:「うん、わかった。みんなには望月さんも無事だって伝えておくね」


神澤は出入り口の前で待っている皆の所へ向かった。


俺は隣の診察室2に入った。


望月 愼介:「全部終わったぞ」


田所 誠也:「……みたいだな」


白骨化した死体の傍に座っている田所誠也は、俺を見上げて苦笑いを浮かべた。


望月 愼介:「姿が現せるんなら最初から出て来いよな」


喋ると穴が開いたこめかみが痛んだが、何年ぶりにもなる再会に顔がほころんだ。


田所 誠也:「情けねぇだろ。事件解決しに行って餓死だぜ? 笑っちまうよ」


望月 愼介:「笑えねぇよ、馬鹿野郎」


俺は誠也の前に腰を下ろした。


望月 愼介:「大事なこと忘れてた昨日までの俺を殴ってやりてぇよ。こうなったのは俺のせいなのに」


田所 誠也:「いや忘れたままで良かったんだよ。悪いのは先生なんだから。慎介は人殺しなんかじゃない」


久し振りに見た誠也の真剣な眼差しに、思わずふっと笑ってしまった。


望月 愼介:「……ありがとな。それと」


田所 誠也:「謝んなよ?」


『すぐに気づいてやれなくてごめん』


その言葉は言わせてもらえなかった。


望月 愼介:「……何でお札なんか持ってたんだよ」


田所 誠也:「この事件は警視庁の中でも危険な案件でさ。もちろん非科学的な意味でだ。だから御守り代わりでお札は持ってきてたんだよ。不気味な声や物音で建物に入る前に先輩たちが引き返しちゃうほどの案件だったからな」


望月 愼介:「おいおい、それじゃ仕事にならねぇだろ」


田所 誠也:「俺もそう思ったよ。よくそれで警察が務まるなって。まぁ俺も人のこと言えなくなっちまったけどな」


誠也は自分の体を見下ろし、鼻で笑うと話を続けた。


田所 誠也:「当時の新聞や先輩たちがなんとか搔き集めた情報を何度も読んで、犯人はあの先生なんじゃないかって思ったんだよ」


誠也はその理由を複数あげた。


・一度は診てもらった事のある患者達が言う『良い先生』と、入院患者を死んだと偽って俺たちを追い返した『怖い先生』という二面性


・一番むごい殺されたかをした双子に先生はご執心だったこと


・病院内の人間が殺されたのにもかかわらず、出勤していた先生は行方不明であること


・双子の母親が被害者リストに載っていなかったこと


・毎日見舞いに来ていた母親が事件発生時、見舞いに来なかったとは思えないこと


・母親を調べたら事件が発生した日を境に、自宅に戻っていないこと


田所 誠也:「高評価で証拠もないから先生は容疑者から外されてた。重要参考人として行方は探してたんだけど、怪奇現象が多い案件のせいで誰も手を付けなくなっててよ。だからこっそり俺が探ってたってわけ。先生と母親の間で何かがあったことは間違いないと思って証拠探しに来たんだよ」


望月 愼介:「なるほどな……」


田所 誠也:「まぁ俺の読みは当たってたし、お札が役に立って良かったよ。お前の命が救えてよかった……」


望月 愼介:「俺だけじゃない。お前は沢山の命も……想いも救ったんだ」


田所 誠也:「そうか……」


誠也は目を伏せ、嬉しそうに笑ってくれた。


望月 愼介:「んで、俺たちのヒーロー刑事さんは、これからどうすんだ?」


成仏したら、会えなくなってしまうんだろうか。


それに、俺の覚醒した霊感はいつまで続くんだろうか。


田所 誠也:「俺をモデルに撮影でもするか?」


望月 愼介:「しばらくは廃墟になんか行きたくねぇし、心霊写真家はもう辞めようと思ってな」


田所 誠也:「なんでまた」


本物の様な偽装写真が作れれば雑誌やテレビで使われ簡単に金が手に入ると、誠也に豪語していた自分を思い出す。


望月 愼介:「俺が心霊写真の撮影に成功したのは一度だけ。しかも小6の頃、カメラに興味持って最初に撮影した写真だよ。黒い女の子が写っててな。その写真が大人達にウケて金が入るようになったんだけど」


写真で、しかも心霊が写り込んだ不気味な写真で金が生まれることに驚きつつも、同じような怖い写真を撮るために日々シャッターを押した。


だが最初の様な心霊写真の撮影はできなかった。


でも写真を撮り続けたいと思って風景写真や被写体などを使って写真を撮ったが、金になったものは一枚もなかった。


子供の写真など誰も興味を持たなかったのだ。


じゃぁ、何故一番最初の写真は大人の反応が良かったのか。


答えは簡単だった。


心霊写真だったから。


撮影者や技術、経験数や実績など何も関係ない、本物の心霊写真だったからだ。


シャッターを切っていた日々の『努力』より『偶然』が生み出した写真が評価されている事実。


俺は写真から離れていった。


しばらくカメラを触らずにいた頃、テレビの特番で心霊写真の特集を放送していたのだが、素人の俺が見ても偽装している物が紹介され、アイドルや芸人を怖がらせていた。


そんなものでも怖がり、本物と扱われ、金になるのか。


その事に気が付いてしまった俺は壊れてしまったのかもしれない。


それから俺は心霊写真を偽装することで金を釣り上げることに成功した。


それを仕事にして、小さな出版社で週刊誌を出せるまでになった。


偽物でも金になるなら、本物を撮る必要は無い。


汚れた心になってしまった。


俺は嘘だらけだ。


心霊写真家でも何でもない。


詐欺師だ。


望月 愼介:「今考えれば最初に写り込んだ黒い少女は麗奈だったんだよ」


殺されてからずっと助けを求めていたのに気が付かなかったせいで、幻覚や夢に出てきてしまったのだろう。


望月 愼介:「俺も先生と同じ嘘吐き野郎だ。金のためって思ってたけど、あんな変態殺人鬼と同じだって自覚したら続けられねぇだろ」


田所 誠也:「お前はあの子が生きてる頃から、あの子のヒーローだよ。坂巻なんかとは同じじゃないさ」


誠也の優しさに恥ずかしくなった俺は乱暴に後頭部を搔き乱し、勢い良く立ち上がった。


望月 愼介:「偽りの心霊写真のせいで不特定多数の恨みを買ってるかもしれない。だから誠也は俺のボディーガードとして一緒に来い」


俺は座り込んでいる誠也に手を伸ばす。


田所 誠也:「それを言うなら守護霊だろ?」


誠也は笑って俺の手を掴んで立ち上がった。


望月 愼介:「いや、ボディーガードだ」


田所 誠也:「俺は幽霊だぞ、守護霊だ」


望月 愼介:「……友達だな」


田所 誠也:「……友達だな」


満足気な声が重なった。



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