第59話


陣内:「昌暉ッ!!」


軽部:「この糞野郎ォオ!!」


目の前で失った友の為に拳を握りしめた軽部は今すぐにでも飛び掛かりそうだったが、その拳を掴んで止めたのは由紀子だった。


由紀子の虚ろだった瞳や黒かった容姿は生前の姿をも取り戻していた。


柳 由紀子:「ありがとう。これでもうここに留まる必要はないわ」


由紀子は軽部が握っていた指輪を取り、左の薬指にはめた。


坂巻先生:「お前だけでも殺してやる!! 望月慎介ぇえええ!!」


再び俺の首を絞めた坂巻先生だったが、同じく死体が存在する由紀子の力によって吹き飛ばされた。


俺たちからも、己の死体から離れた場所に坂巻先生は倒れ込んだ。


柳 由紀子:「今のうちに逃げるわよ!」


由紀子は軽部の手を握り、麗奈と香奈は神澤と陣内の手を引く。


神澤 真梨菜:「待って! まだ望月さんが!」


軽部は由紀子の手を振り払おうとするが、それよりも強い力で握られてしまう。


陣内:「昌暉だって!」


陣内は昌暉が消えた壁を見つめ引き返そうとするが、香奈の手を振り解けなかった。


柳 由紀子:「まずは子供が先よ!! 慎介君は死なないわ! 彼を信じてあげて!」


由紀子の言いつけを守るように麗奈は座り込んだ神澤を引っ張る。


だが神澤は立ち上がろうとはせず、首を振るだけだった。


神澤 真梨菜:「脚が痛くて立てないの。私の事は気にしないで。望月さんと後から必ず向かうから」


望月 愼介:「俺たちは必ず後から行く! だから先に行け!!」


俺の叫びに背中を押された陣内と軽部は、柳家と共に階段を駆け上がった。


坂巻先生:「お前は本当にワタシから幸せを奪っていくな、望月慎介」


坂巻先生は立ち上がり、俺を睨んだ。


やはり由紀子の力では大きなダメージは与えられなかったようだ。


坂巻先生:「その折れた脚じゃ素早く逃げられないからな。ここに残ったのは賢い選択かもしれないが結果は同じ。全員死ぬんだ」


坂巻先生は立ち上がれない傷だらけの神澤を嘲笑い、殴りたくなるような表情のまま俺を見た。


坂巻先生:「転がる死体の数は同じ。お前たちを殺した後に必ず殺す。それとも策でもあるのか?」


坂巻先生はゆっくりと歩き、確実に俺との距離を縮めている。


望月 愼介:「さぁな。ただ俺は時間稼ぎができればそれでいいんだよ」


俺は立ち上がって、痛む首を摩った。


坂巻先生:「残念だが時間稼ぎしたって、この病院からは逃げられない。例えワタシが滅んでもな」


坂巻先生にとって病院は今も昔も彼の城だった。


望月 愼介:「俺がまたお前に幸せとやらを奪ってやるよ。ヤブ医者野郎」


坂巻先生:「ふざけやがって!!」


坂巻先生は俺の挑発にキリキリと奥歯を噛み締め、一瞬で俺の目の前に来たかと思うと視界が闇に包まれた。


坂巻先生が俺の顔面を掴んだからだ。


こめかみに指先が食い込み、ぐちゅっと嫌な音と共に鋭い痛みに襲われる。


望月 愼介:「ぅがああッ!!」


頭が割れそうな頭痛とはよく言うが、今は比喩などではなく文字通り頭が割れそうだった。


ビリビリと激痛が走り、意識が飛びそうになる。


必死に坂巻先生の手を引き剥がそうとするが、人間ではない力には叶わなかった。


俺の悲痛な叫びに坂巻先生は喉を鳴らして笑う。


抵抗として俺は坂巻先生の腹部を蹴ろうとしたが片手で止められてしまった。


坂巻先生:「この足を使えなくするのは簡単なんだよ、望月慎介」


坂巻先生は靴の上から俺の足を潰しにかかる。


鋭い痛みに俺の体から力が抜けていく。


きっと靴の中は血で濡れているだろう。


痛すぎてどこから出血しているか分からないが、靴下が湿っているのが感覚でわかる。


坂巻先生:「最期にワタシの幸せを、由紀子さんを奪った言い訳でもしてみるか?」


死のカウントダウンが始まった。


坂巻先生:「痛くて何も言えないか? なら、少し力を緩めてやるから、ワタシが納得するような言い訳をしろよ」


こめかみへの痛みが少し和らぎ、脚を潰していた手が離れる。


望月 愼介:「……お、前が……勝手に……化けの、皮剥がし……ただけだ、ろ?」


坂巻先生:「反省する気は無いと?」


望月 愼介:「当たり、前だ……お、れは、リハビ……リを、してた……だけだッ」


坂巻先生:「……まぁいい。殺すだけが復讐じゃない。そのあとからが本番だ。痛くても苦しくても屈辱的でも死ぬことも成仏も出来ないんだからな」


望月 愼介:「死んでからも復讐が続くってか。上等だ」


俺は顔面を覆う手をずらし、右目だけで目の前の坂巻先生を睨んだ。


坂巻先生:「ふん。ワタシに歯向かうその目は昔から変わってないな」


死ねと言わんばかりに、こめかみへの痛みが増し、頭蓋骨にヒビが入りそうだ。


激痛に意識が飛びそうになりながらも、俺は目を細めて口角を上げて見せた。


坂巻先生:「何がおかしい」


望月 愼介:「お、まえの……負け、だ先生」


坂巻先生:「は?」


望月 愼介:「行けッ! 神澤ッ!!」


坂巻先生:「なにッ!?」


坂巻先生の本体である死体の傍で笑っている神澤が、剥き出しの心臓にお札を貼り付けた!


そのお札は麗奈と香奈が記憶を見せてくれた後、俺にくれたお札だった。


そのお札は誠也が持っていたものらしく、見つけられなかった俺に届けてくれたのだ。


坂巻先生の意識が常に俺に向いているから俺は死体に近付くことができないと踏んで、外野である神澤に日記と共に託していた。


坂巻先生:「グッ……グワァァァアアアアアアア!!」


俺から手を離して苦しみ出す坂巻先生は心臓を押えてその場に崩れ落ちる。


本体が封印できれば死体が無いのと同じこと。


俺はお守りを坂巻先生の頭上にかざした。


望月 愼介:「お前に勝ち目はない。旦那にも、俺たちにも」


坂巻先生:「ぅうぐぁぁああああああああああああッ!!」


坂巻先生は壁や地面が揺れるほどの大きな悲鳴を上げながら、半透明な体が消えていく。


俺と神澤は哀れな男を黙って見つめる。


坂巻先生:「ゆ、きこ……さん」


最期に狂うほど愛した女性の名を呟いて、坂巻先生は完全に消え去った。


望月 愼介:「嘘だらけのあんたでも、その気持ちだけは本当だったんだな」



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