第57話
階段を下りて地面に足を付けると、不快な感覚に鳥肌が立つ。
足元を見れば、無数の蠅の死骸が転がっていた。
神澤 真梨菜:「うわ、望月さん。あれ見て」
足元に気を取られていると、まだ階段を降り切っていない神澤が壁にライトを当てた。
俺は明るくなった壁に視線を向けると、蠅の死骸を上回る不快感に背筋が凍り付いた。
望月 愼介:「悪趣味だな。ストーカーだったってわけか」
剥き出しのコンクリート壁を埋め尽くすのは大量の写真。
写真は色あせてセピア色に染まっていたが、そこに写る人物はみな同じだった。
陣内:「これって母親の由紀子さんですよね……」
神澤の後ろに居た陣内が無造作に貼り付けられた写真を睨んだ。
軽部:「角度的に全て盗撮ですね」
最後に下りて来た軽部は写真に背を向けて、奥に広がる地下室にライトを向けた。
軽部:「っ!?」
軽部の息を飲む声に、俺たちは振り返ると呪いの根源が口元に笑みを浮かべて立っていた。
坂巻先生:「待っていたよ、望月慎介」
望月 愼介:「その口振りだと、俺たちは先生の思惑通り地下室に誘い込まれたってことか」
俺は懐中電灯を坂巻先生に向けた。
坂巻先生:「追いかけっこはもう飽きた。望月慎介にはここで絶望を味わわせてやるよ」
血だまりから現れた時と同じ、半透明のミイラの様な坂巻先生は俺をじっと睨んでいる。
神澤 真梨菜:「望月さん、あれ!!」
叫ぶ神澤が向けるライトの先、坂巻先生のすぐそばには2つの死体が転がっていた。
ミイラの様な裸の遺体に寄り添う、白衣を纏った死体。
ひと目で由紀子と坂巻先生だと理解した。
陣内:「ひぃっ!!」
陣内の震えるライトの先には黒い影が、地下室の左側の地面を這っていた。
柳 麗奈:「お母さん!!」
俺に憑いていた麗奈が飛び出し、続いて香奈が飛び出した。
少女たちは黒い由紀子に駆け寄り、思いっきり抱きしめる。
柳 香奈:「やっと見つけた!お母さん!」
柳 麗奈:「慎介君が見つけてくれたの!」
20年ぶりの再会に少女たちは涙を流すが、由紀子は娘の姿を視界に入れることは無かった。
柳 由紀子:「ナイ……ナイ……ワタシノ……タイセツ……」
柳 麗奈:「どうしたのお母さん!?」
柳 香奈:「ここは危ないから早く出ようよ!?」
地面に視線を向けて無い無いと呟く由紀子の腕を少女たちが引っ張った。
だが由紀子は娘の腕を振り払って、再び地面を這う。
柳 由紀子:「ナイ……ナイ……ミツカラナイ……ユビワガ……ナイノ……」
神澤 真梨菜:「なるほど。指輪を盗られてたから、逃げられなかったのね」
愛する旦那と由紀子が繋がる唯一の物をエサに、汚い地下室に囚われていたのか。
望月 愼介:「20年間探して無いって事は、この部屋にはねぇよ」
俺は愉しそうに笑っている坂巻先生にライトを当てたまま、地を這う由紀子に話しかける。
由紀子は俺の発言に探す手を止め、娘にも向けなかった視線を俺に向けた。
望月 愼介:「この男が持ってるに決まってんだろ」
白衣を羽織る坂巻先生は、俺の推理を鼻で笑った。
坂巻先生:「他の部屋に隠したとは考えないのか?」
望月 愼介:「他の奴が見つけちまうかもしれない所に隠すより、自分の懐に入れてた方が安心だろ」
例え、結婚指輪でも愛しい由紀子の私物だ。
嘘吐き野郎の言葉など鵜呑みにせず、変態野郎の奇行を考えれば肌身離さず持っていることなど容易に想像できる。
坂巻先生:「やはりワタシをイライラさせるのが得意だな、望月慎介」
望月 愼介:「勝手にイライラしてるだけだろ。俺はリハビリしてただけだよ」
坂巻先生:「そのリハビリが始まりなんだよ。ワタシの幸せを奪った事、後悔してももう遅いぞ。絶望した魂は成仏しない。お前はここに縛られ、永遠の時を過ごすんだ」
坂巻先生がゆっくりと歩いてくる。
望月 愼介:「可哀そうだな、先生。俺が成仏させてやるよ」
俺は坂巻先生を睨みながら、ポケットから効果が残りわずかなお守りを取り出す。
そして歩いてくる坂巻先生にお守りを、麗奈から貰ったしおりをかざした。
坂巻先生:「なっ!?」
強い清らかな光が邪悪な坂巻先生を包み込む。
坂巻先生:「ぅわぁぁぁぁあああ!!」
後退しながら坂巻先生は両腕を目の前にクロスして光から顔を隠す。
このままお守りの光を浴びせていれば成仏させてやれる。
廃病院を包み込んでいる呪いが解ける。
そう思って緊張した体から力が抜け始めた時だった。
柳 由紀子:「ユビワ……ワタシノ……アノヒトノ……タイセツナ……」
光の中に虚ろな目をした由紀子が飛び込んできたのだ。
このまま光を浴びせていれば2人とも成仏できるのかもしれないが、娘のことなど放って結婚指輪を探し続けている由紀子が簡単に成仏できるとは思えなかった。
それに光を浴びて悲鳴を上げているのだから、坂巻先生と同じように由紀子も苦しいはずだ。
柳 香奈:「お母さん!!」
柳 麗奈:「離れて!!」
母親を心配する娘たちは、今にも走り出しそうだった。
本体がない麗奈と香奈は、この光を浴びたら確実に消えてしまう。
20年ぶりの再会もまともに出来ていないのに、成仏させるわけにはいかなかった。
俺はかざしていたお守りを下ろた。
柳 由紀子:「ユビワ……ユビワ……ユビワ……」
由紀子は坂巻先生の腰にしがみ付き、白衣のポケットに手を入れる。
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