第37話


俺は過去に少女と男を殺したのか?


そんなわけ、有り得ない。


本当に?


あの男に言った通り、俺は何も知らない。


神澤を連れて廊下を走りながら自問自答するが、何も解決する答えは出なかった。


当たり前だ。


俺の記憶に、殺人を犯した過去は無い。


しかし今は記憶を探っている時間はない。


あの男に見つかる前に、どこかに隠れなくては。


先に逃げた二人は、おそらく鍵のかかるトイレに逃げ込んでいるだろう。


幸いにも鍵束を持っているのは俺だった。


新しい部屋を開けて隠れよう。


俺はポケットから鍵束を取り出し、適当に選んだ鍵の部屋に入ることにした。


階段を駆け下り、一階に到達する。


適当に選んだ鍵は診察室1の鍵だった。


望月 愼介:「後ろ来てないか?」


神澤 真梨菜:「う、うん。来てないよ」


神澤に後ろを確認してもらいながら診察室1に向かう。


一階の廊下を走り切り、待合室に差し掛かると視線を感じた。


軽部:「望月さんこっち!!」


トイレの扉の隙間から、陣内と軽部が高速手招きをしていた。


陣内:「早く!!」


さっきまで吐いていた陣内が、必死に俺たちを呼んで助けようとしている。


望月 愼介:「神澤、トイレに逃げ込むぞ」


俺は手を引いていた神澤を更に引っ張って自分の前を走らせ、先に神澤を押し込んでから自分もトイレに逃げ込んだ。


望月 愼介:「はぁ……はぁ……助かった」


神澤 真梨菜:「はぁ、はぁ……なんとか逃げ切れたね」


陣内:「あの、ごめんなさい。先に逃げちゃって……」


陣内は頼もしかった顔を曇らせ、頭を下げた。


軽部:「俺も……すみません」


軽部も陣内に続いた。


望月 愼介:「怒るわけないだろ。危険だと思ったら逃げてくれていいんだ」


神澤 真梨菜:「そうだよ。それに私たちを助けてくれたでしょ? ありがとう」


神澤の言葉に二人は顔を上げた。


軽部:「俺達、決心しました。昌暉のためにも生きてここを出ます。俺達だけ先にはもう逃げません」


陣内:「私、泣いてばっかだったけど……私達も脱出方法を探します!!」


望月 愼介:「おいおい。さっきの……昌暉を、見ただろ? 幽霊も」


軽部:「俺、思ったんです。昌暉は助けを呼ぼうとして、あの窓から脱出したんじゃないかって。それで殺されて、見せしめに眼鏡を……」


陣内:「だから病院よりも、外の方が危ないんじゃないかって思いますし……」


神澤 真梨菜:「確かに先に逃げたら、その方が危ないかもね」


望月 愼介:「おい、神澤!」


神澤 真梨菜:「ここは危険な場所だけど幸いなことに望月さんには霊感があるから、逃げることはできるし隠れる場所もある。ね?」


神澤は俺を見る。


望月 愼介:「はぁ……少女だけならまだしも、さっきの男は桁違いにヤバい感じがした。自分で自分の身を守れとは言わないが、俺一人でお前らを守れる気はしない。危険だと思ったら、さっきみたいに逃げろ。扉がある部屋なら大丈夫だから」


轟チャンネルの2人:「はい。わかりました」


陣内と軽部は声を重ねて、頼もしい顔を見せた。


あの男に殺された昌暉を取り戻すことはできないが、助けを呼ぼうとしてくれた昌暉のためにも俺たちは生きて脱出しなければならない。


神澤 真梨菜:「これから、どうするの? 唯一の脱出口は二階の窓だけだったのに外に出たら殺されるんじゃ、逃げ道が……」


望月 愼介:「この病院は強い怨念が渦巻いてやがる。きっと元凶はあの男だ」


軽部:「じゃぁ、あの少女の霊はいったい……?」


軽部は何度も俺たちの前に現れる少女を思い浮かべ、ぞわぞわと鳥肌を立たせる。


望月 愼介:「男の怨念に当てられた霊たちが悪霊化したんだろう。活発に動き回ってるのが少女だけで、他にも悪霊はいるかもしれない」


田所の手帳によると、ここでは殺人事件が起きている。


201号室で発見された被害者は黒い少女と、血だまりから現れた男で間違いないだろう。


病死した人よりも怨念は強く、2人が悪霊と化して動き回るのには納得ができる。


きっと他にも殺された人間がいるはずだ。


病院内で被害者が2人だけなら目撃者や通報する者がいるはずだから、未解決事件になるはずがない。


陣内:「ほ、他にも幽霊がッ……!?」


俺の仮説を聞いて、陣内が小さな悲鳴を上げた。


神澤 真梨菜:「ここは病院で沢山の人の命が失われている場所でもあるから、幽霊にとってはお城みたいなもんだし、他に幽霊が居ても不思議じゃないよ」


陣内:「ゆ、幽霊のお城……」


神澤の言葉が陣内に追い打ちをかける。


望月 愼介:「おい、怖がらせるなよ」


神澤 真梨菜:「あ、ごめんね。そんなつもりじゃなくて」


陣内:「い、いえ……これくらい平気です。大丈夫です」


言葉と表情が合っていない。


大丈夫そうには見えないが「大丈夫じゃないだろ」と正したところで意味は無い。


望月 愼介:「話を戻すが、俺が思う脱出方法としては……この病院の呪いを解くこと。あるいは外から誰かが来るのを待つか。もっとも、その誰かが来る保証はないし当てにならない誰かを待つのに何日、何か月かかるかは分からない」


神澤 真梨菜:「だったら、怨念を晴らす方が早く脱出できるってわけね」


神澤は納得したように、うんうんと首を縦に振る。


陣内と軽部も俺の意見に同意してくれたようで、反論は無かった。


望月 愼介:「呪いを解くカギの一つは、神澤が持ってるガムテープの塊。殺された被害者の部屋に隠されていたんだから、何か重要で人に見られたくないものに違いない。まずはそのガムテープを何とかしたいから、刃物が欲しい」


神澤 真梨菜:「そうだね。それに逃げる場所も増やしたいから部屋はどんどん開けてこ」


陣内:「なら二手に分かれて部屋を開けて探索した方が早いですよね」


意外なことに、一番怖がっていた陣内の提案だった。




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