第35話
206号室に行くまでの廊下や階段は問題なかった。
そのことが、俺の胸騒ぎを煽る。
俺は鍵を差し込む前に扉をノックして昌暉に声を掛けた。
望月 愼介:「拗ねてるところ悪いが、時間がないから鍵で開ける。喧嘩の続きは脱出してから気が済むまでやってくれ」
俺は一方的に話を声をかけ、『206』とシールが貼られた鍵を鍵穴に差し込んだ。
カチッ……
鍵の開く音が、陣内と軽部の頬を緩ませた。
俺は鍵束をポケットにしまいながら、ドアノブを回した。
ギギギギギギギギギ……
陣内:「……昌暉?」
扉の僅かな隙間から、陣内が部屋の中に向けて声を掛ける。
だが、返事は返ってこない。
望月 愼介:「いくらなんでも、拗ねすぎじゃねぇか――っ!?」
扉が全て開いた時、俺の胸騒ぎの正体が分かった。
昌暉は部屋に居なかったのだ。
その代わり、部屋の中心には血が染み込んだバッグが一つ。
床に広がる血だまりに浸っていた。
望月 愼介:「おい……嘘だろ」
部屋は血生臭い。
でもその血生臭さの中に、何か別の臭いも混じっていた。
軽部:「昌暉ッ!?」
部屋に入ってきた軽部は血だらけのバッグから目が離せず、それ以上口は動かない。
陣内:「きゃぁあッ……う゛っ……オェ……」
同じく部屋に入ってきた陣内は悲鳴を必死に堪えたが、部屋の隅に屈みこんで胃袋の中身をぶちまけた。
神澤は悲鳴を上げなかったが、口を押えている手を退けたら今にも声が出てしまいそうなほど動揺している。
望月 愼介:「ま……昌暉だって決まったわけじゃ」
自分に言い聞かせながらも、鼓動は速くなるばかり。
こんなの、昌暉に決まっている。
元々鍵が開いていた部屋の鍵が閉まっていたんだ。
鍵は小箱で保管されていた。
内側からでないと鍵は閉められない。
スペアキーの可能性もありえるが、色々探したのに他の鍵は見つからなかったんだ。
昌暉が206号室に入って内側から鍵を掛けたとしか考えられない。
そして今、目の前には昌暉の代わりに血が染み出るバッグがある。
大きくはない。
未成年とはいえ、成人男性とほぼ変わらない体格の人間が入れる大きさではない。
だとしたら、これは昌暉の‟一部”なのか?
瞬きもせずにバッグを見つめている(正確には動けないでいる)と、黒い短い毛がファスナーの隙間からはみ出ているのが分かった。
……髪の毛だ。
望月 愼介:「(昌暉の、頭が入ってるんだ……!)」
見たくない。
それが本音だった。
少し前まで口をきいていた相手の、無残な姿など見たくなかった。
でもだからと言って、放っておくわけにもいかない。
陣内も軽部もバッグを開けれるような状態ではない。
神澤に頼めるようなものでもない。
俺が、俺が開けるしかないんだ。
望月 愼介:「バッグを開ける。お前ら、目ぇ瞑っとけよ」
陣内は神澤に背中を摩ってもらいながら、涙を流して嗚咽を繰り返している。
軽部は俺の言葉を無視して、バッグを開けようとしている俺の手元に視線を向けていた。
望月 愼介:「トラウマになっても、責任取れねぇからな」
最後の忠告をして、俺は血で濡れたファスナーをゆっくりと開けた。
生温い鉄の臭いが溢れ出し、俺の鼻に纏わりつく。
グロテスクなものに耐性はあっても、慣れているわけではない。
俺も陣内のように吐きそうだった。
ファスナーを全て開けて一度手を放す。
深呼吸をしたが血生臭い酸素しか取り込めず、吐きそうになったので息を止めた。
そして俺は意を決して、両手でバッグを左右に開いた。
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