第31話



周囲に意識を集中させて、廊下を歩く。


そんなに広い病院でもないのに、恐怖と緊張でとても長い廊下に感じてしまう。


物音を立てないように歩き、206号室の前に到着する。


後ろを歩いていた二人が俺の前に出て、扉の向こうの昌暉に声を掛ける。


陣内:「昌暉、迎えに来たよ」


扉に手を当てて、陣内が小さな声で呟く。


軽部:「頼むから、開けてくれ。昌暉、俺が悪かった……」


軽部が扉に小さく頭を下げる。


二人の声に、昌暉は反応しない。


陣内:「ねぇ、昌暉ってば……」


落ち着いてきた陣内の声が、再び震え出す。


見かねた俺は、開くつもりのなかった口を開く。


望月 愼介:「昌暉、怒ってるのは分かるが、扉を開けてくれ。そこが唯一の脱出口なんだ」


大人として口を挟まずに見守っているつもりだったが、身を隠せない廊下はとても危険だった。


昌暉の気持ちが落ち着くのを待っていたら、黒い少女に見つかって脱出目前で死んでしまう。


望月 愼介:「怒りが収まらないなら、あとで殴ればいいだろ。だから今は我慢してこの扉を開けてくれ」


神澤 真梨菜:「昌暉君、お願い。扉を開けて」


神澤も昌暉に声を掛けるが、やはり反応がない。


神澤 真梨菜:「いくら機嫌損ねてるからって、反応なさすぎなんじゃない? 本当にここに居るの?」


神澤も反応がないことに不安を覚える。


陣内:「この部屋は鍵を内側から開けたんで鍵は持ってないんです……だから、だから鍵が掛かってるって事は昌暉が居るって事なんです!」


陣内が扉を見つめながら震える唇で言葉を紡ぐ。


昌暉が居ないと思い始めている自分に、無理やり言い聞かせているようにも聞こえる必死さだ。


望月 愼介:「確かに空いてた部屋の鍵が閉まってたら、ここに昌暉は居るかもな」


必死な陣内を肯定したが、俺はこの部屋に昌暉が居るとは思えなかった。


神澤 真梨菜:「でも開かなかったら、私たち脱出できないよ……?」


軽部:「じゃぁ一階の診察室みたいに、ドアノブ壊して強行突破すればいいんじゃないですか?」


陣内:「そうしよ!!」


神澤の発言に軽部と陣内が声を上げる。


望月 愼介:「いや、壊さない方がいい」


俺は軽部の提案を却下した。


軽部:「何でですか、ここ開けないと脱出も出来ないんですよ?」


望月 愼介:「考えてみろ、ここは二階だぞ。ジャンプして脱出できないだろ。割れた窓から慎重に下りないと怪我するからな」


軽部の質問に答えたつもりだったが、イマイチ伝わらなかったようだ。


望月 愼介:「慎重に下りるには時間が必要だ。扉を破壊したらもう鍵は掛けられない。一人ずつ脱出してる最中に襲われたら、おしまいだ」


神澤 真梨菜:「確かに」


神澤にも伝わっていなかったらしい。


神澤 真梨菜:「鍵が閉まる数少ない安全地帯を、あえて壊すのは危険だもんね」


理解した神澤の言葉に、陣内と軽部が何度か首を縦に動かした。


軽部:「じゃぁ……206号室の鍵を探せばいいんですね?」


望月 愼介:「軽部、話が早いな。病室の鍵があるなら受付だろうから……」


『一階と二階を手分けして探すぞ』と言うつもりだったが、昌暉が居ないことで精神状態が悪くなっている二人と離れるのは危険な気がした。


効率の事ばかり考えていたが、今は2人の事と安全を優先するべきだろう。


望月 愼介:「まずは二階の受付からだ。俺と神澤で見張っとくから、お前ら2人で鍵を探してくれ」


4人まとまって行動することにすると、陣内と軽部の顔がほっとしたように見た。


神澤 真梨菜:「鍵のついでに、なにか刃物も探してほしい。これの中を確認したいの」


神澤は201号室で発見したガムテープの塊を、胸のあたりに持ち上げて見せた。


軽部:「分かりました。じゃぁ早速、二階の受付から探しに行きましょ」

軽部の足が受付に向かったので、俺たちもその後ろをついて歩く。


陣内:「このまま脱出するまで、女の子が現れなきゃいいな……」


神澤 真梨菜:「そうだね。でも時々現れるって事は遊んでほしいだけなのかも。殺したかったら確実に息の根止めに来るだろうし」


陣内の願望に、神澤が反応する。


神澤 真梨菜:「目の前に現れたのが何らかのサインなんじゃないかと思うのは、職業病なのかな。……UFOが地球に現れるのは調査のためだし」


少女が現れた意味、か……。


俺は一階の廊下で拾った『四つ葉のクローバーの栞』と『幼少期の謎の記憶』を思い出す。


神澤が言うように少女が現れる事に意味があるなら、栞と俺の記憶も何か鍵になるのだろうか。


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