第30話 神澤視点


トントントン……。


神澤 真梨菜:「あ、望月さんが帰って来た」


私は本棚から扉に視線を移す。



◇◇◇


選択肢

   『扉を開ける』

   『扉を開けない』


◇◇◇



私は望月さんが戻って来た事に安堵のため息を漏らして、扉の鍵に手を伸ばした。


神澤 真梨菜:「ん?ちょっと待って……」


私は望月さんが言っていた言葉を思い出す。


神澤 真梨菜:「望月さんは、確か……」


『俺が名前を呼ぶまで、絶対に扉は開けるな。絶対だぞ』


神澤 真梨菜:「あ、そうだ……」


私の名前は呼ばれていない。


つまり、扉の向こうに立っているのは望月さんではない『別の何者か』ということになる。


望月さんは一階に隠れている三人を迎えに行っているのだから、轟チャンネルの誰かの可能性は低い。



▶『開けない』



神澤 真梨菜:「お、女の子が居るんだ……」


でも望月さんは扉があれば大丈夫だと言っていた。


なら開けなければ問題ないはずだ。


トントン……トントン……。


再び扉がノックされる。


私は息を殺して、扉を見つめたままゆっくりと後退する。


神澤 真梨菜:「(望月さん……早く帰ってきてッ!)」


私は祈るように手を組んで、万が一、扉が開いてしまった時の逃げ方を考えた。


もし扉が開いたら、絵本を投げて部屋を飛び出そう。


あるいは、怖くない事を伝えれば面白味がないと分かって消えるかもしれない。


それか、敵意がないことを伝えれば友好的になる可能性もある。


……ダメだ。


どれも上手くいく気がしない。


だが悩んでいると、扉をノックする音は止まり、気配が消えた……気がした。


神澤 真梨菜:「た、助かった……?」


私はへなへなとその場に座り込み、そのままの状態で望月さんの帰りを待った。


やがて扉のノック音が、再び部屋に響く。


トントン……


望月 慎介:「神澤。望月だ。開けてくれ」


望月さんの声だ!


大切な人の声だと錯覚してしまうほど、望月さんの声に安心感を覚えた。


私は立ち上がって、扉に飛び付いた。


神澤 真梨菜:「望月さんっ!!」


望月 慎介:「うわっ!?」


私が勢い良く扉を開けると、望月さんは驚いた顔で左右を確認してから部屋に入ってきた。


望月 慎介:「なんかあったのか?」


私の異変に気が付き、望月さんが心配した顔で私の顔を覗き込んだ。


神澤 真梨菜:「い、今さっき……望月さんの前に誰かがノックしてきて……」


望月 慎介:「俺たちの前に扉をノックできる奴なんていないぞ……」


私は201号室に入ってきた三人を見る。


神澤 真梨菜:「あ、あの昌暉君は?」


望月さんは三人を迎えに行ったのに、一人足りなかった。


陣内:「一緒に隠れられなくて……」


陣内は目を伏せる。


軽部:「昌暉は206号室に隠れてます。出て来ないんで先に神澤さんを迎えに来ました」


ビデオカメラを構える軽部君の言葉に、望月さんが眉間にシワを寄せた。


何があったかは分からないが、陣内さんが泣きそうな顔をしていたので、これ以上の質問はしない方がいいと判断した。


望月 慎介:「詳しい話は後にするが、さっきまで俺たちは206号室の前に居たから、俺たちが一階に居る時に誰かが扉をノックしたんだろう」


神澤 真梨菜:「……望月さんたち以外にノックできる人なんていないし、きっと女の子の仕業かもしれない」


望月 慎介:「その可能性が一番高いな。万が一、昌暉だったとしても声ぐらい掛けてくるだろう」


もしも扉を開けてしまったら、自分はどうなっていただろうか。


考えなくても、殺されていたに決まっている。


血だらけになった自分を想像して、鳥肌が立った。


望月 慎介:「とりあえず昌暉は鍵が掛かった部屋に居るから安全だ」


軽部:「神澤さんは、一人で何を調べていたんですか?」


軽部君が私の手に持っている『ガムテープの塊』にビデオカメラを向けた。


神澤 真梨菜:「ここの病院、なんかおかしいから、調べてみようと思って。望月さんに無理言って部屋に残ってたの」


望月 慎介:「それで何かわかったのか?」


神澤 真梨菜:「今のところ単三電池1本と、このガムテープぐるぐる巻きの“何か”だけ。絵本とか小学5年生の教科書が本棚にはびっしり詰まってたよ」


私は発見したものを三人に見せた。


望月 慎介:「その電池、貸してくれ」


望月さんに言われて、私は持っていた単三電池を手渡した。


望月さんは受け取った単三電池を、空の懐中電灯に差し込む。


スイッチを押すと、丸い光が部屋を照らした。


望月 慎介:「よし、生きてた。これでバッテリーが減らなくて済む」


望月さんは取り出した懐中電灯の代わりに、ライトを消したスマホをポケットにしまった。


望月 慎介:「それで、そっちの塊はなんだ?」


望月さんは懐中電灯の光を、私の手元に当てた。


神澤 真梨菜:「それが、私にも分からなくて……」


軽部:「ガムテープで中身が見えないんですね。この部屋にハサミとかって無かったんですか?」


私は軽部君の質問に首を縦に振った。


神澤 真梨菜:「引き出しの天井に隠すように貼り付けられてて……」


望月 慎介:「で、神澤はその中に何か情報が隠れてると睨んでるわけか」


私は望月さんの目を見て頷いた。


望月 慎介:「確かに何かその中に隠されてるかもな。でも約束通り、206号室の割れてる窓から脱出するからな……と言いたい所だが、俺も調べたい事ができた。だから軽部と陣内は昌暉を連れて脱出しろ。いいな?」


軽部:「そんな! 俺たちだけ逃げるなんてできませんよ! ここは危険すぎます」


陣内:「そうですよ! 朝が来てから調べればいいじゃないですか!」


軽部君と陣内さんは望月さんの提案を拒否した。


私も朝が来てからの方が安全だと思い、望月さんの反応を窺う。


望月 慎介:「俺もそう考えたが、死んでるダチを置いては行けない。警察のあいつが死体のまま放置されてるなんておかしいと思うんだ。俺が警察に連絡したら、もう俺の手で調べられなくなる。だから俺はここに残る」


『友達の死体がある』という事実に、軽部君と陣内さんは黙ってしまう。


きっと離れている昌暉君の事を考えて、言葉が出ないのだろう。


望月 慎介:「……神澤もこいつらと一緒に脱出するか?」


望月さんは遠慮気味に聞いてくる。


神澤 真梨菜:「私はここに残るよ」


私はガムテープの塊を強く握った。


望月 慎介:「わかった。それじゃ、昌暉を迎えに行くぞ」


軽部君と陣内さんは黙って頷くしかなかった。


命が危険に晒されている場所に、未成年が自ら残ると言うには勇気が必要だ。

だが、それでいい。


私たちだけで、轟チャンネルの三人を守れる気はしない。


私たちは望月さんを先頭に、廊下の様子を窺いながら206号室に移動した。



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