第22話
俺と神澤は黒い少女から逃れるために、201号室に隠れた。
神澤 真梨菜:「ひぃっ!」
神澤が短い悲鳴を上げて、扉に鍵を掛けた俺にしがみ付いて来た。
神澤は血が染み込んだベッドから顔を背けていた。
望月 愼介:「あいつが居なくなったら、すぐに出るから少し我慢しろ」
俺は神澤の肩を撫でながら、扉の外に意識を集中させる。
少女の気配は二階の廊下で動いていた。
そして俺たちが逃げ込んだ201号室に来る前に、すっと消えた。
望月 愼介:「……神澤、もう大丈夫だ」
そう言って撫でていた肩を軽く叩くと、神澤はゆっくり俺から離れた。
神澤 真梨菜:「はぁ……もうなんなの。早くここから出たい」
震える声を出すが、必死で泣くのを堪えている。
望月 愼介:「とりあえず、下に行って3人を迎えに行くぞ」
神澤 真梨菜:「待って」
扉のカギを開けようとした俺の手を掴んで、神澤が止める。
神澤 真梨菜:「ここ調べようよ」
望月 愼介:「は? お前、何言ってんだ」
必要以上に、ここに居たくなかった。
望月 愼介:「お前、早くここから出たいって……」
神澤 真梨菜:「何かおかしいじゃん! ここには絶対何かあるよ!」
望月 愼介:「ゲームじゃねぇんだぞ」
神澤 真梨菜:「そんな事、分かってるよ」
望月 愼介:「だったら」
神澤 真梨菜:「だからだよ!」
神澤は俺の腕を掴む。
神澤 真梨菜:「霊感無いのに居場所解ったり、全員がはっきり女の子見てるんだよ? きっと知らない間に、私たちには触れちゃいけないものに触れちゃったんだよ」
望月 愼介:「何で感じるかなんて分かんねぇけど、だったら早く出るべきだ!」
神澤 真梨菜:「……窓、割れないじゃん。2階に3人が浸入した窓があるみたいだけど、簡単に出られるとは思えない」
神澤の言葉に返す言葉がすぐに出てこなかった。
望月 愼介:「……俺のダチが死んでた。この場所に閉じ込められたって日記に書いてあったんだ」
俺は日記の内容を神澤に話す。
警察の田所が助けも応援も呼ばずに餓死したのは、おかしいと思っていた。
早く脱出しなければ、俺たちも田所のように死んでしまうだろう。
望月 愼介:「……俺はあいつらが心配だ。3人を迎えに行く」
神澤 真梨菜:「なっ」
望月 愼介:「お前は……お前は先にここを調べろ。俺が戻ってきたら、あいつらが入って来た窓調べて問題無きゃ脱出する。」
神澤 真梨菜:「……わかった」
望月 愼介:「もし、脱出が無理なら……この廃病院を調べて脱出方法を探そう」
神澤は一度だけ頷いた。
神澤 真梨菜:「ゲームだなんて思ってないけど……何かあるなら大きなヒントは、この場所にあると思うから」
神澤は何か確信している様な目をしていた。
望月 愼介:「俺が名前を呼ぶまで、絶対に扉は開けるな。絶対だぞ」
神澤 真梨菜:「分かった」
俺は201号室の鍵を開けた。
気配は無い、大丈夫だ。
俺は扉を開けて、廊下を出た。
辺りを見回し、視覚でも問題が無い事を確認する。
望月 愼介:「じゃ、あとでな」
神澤 真梨菜:「うん、気を付けてね」
望月 愼介:「お前もな」
俺は神澤に手を振って、扉を閉めた。
鍵穴に挿さったままの201号室のカギを回して、引き抜く。
望月 愼介:「さて、行くか」
スマホのライトを点けて、来た道を戻る。
長居しすぎたせいか、恐怖の感覚が麻痺している。
俺も、神澤も。
いつもなら、確実な恐怖が宿る場所からすぐに逃げている。
こんな日が沈んで真っ暗な廃病院の廊下を、会ったばかりの餓鬼の為に一人で歩けなかったはずだ。
神澤も、一人で殺人現場を調べるなんて出来なかっただろう。
望月 愼介:「どうしちまったんだかな……」
階段を下りて一階の廊下に立つ。
気配を感じた。
望月 愼介:「ッ!?」
俺は反射的に振り向き、スマホのカメラを構える。
軽部のプロ意識に負けられないと思ったからだった。
少女は廊下に立っていた。
不思議と逃げなければ、という恐怖は感じられなかった。
少女が襲ってくる気配も無い。
ただ俺を見つめているだけだった。
カシャッ!
廊下に立つ少女が保存される。
心霊写真家として雑誌に掲載しているが、本物の心霊写真に成功したのは二度目だった。
スマホの画面は再び撮影モードになる。
望月 愼介:「あれ……」
そこに少女の姿は無かった。
気配も無い。
俺はスマホの機能をライトだけにして進行方向を照らす。
すると先ほどまで少女が立っていた所で、何かがキラリと光る。
望月 愼介:「ん?」
俺は近付いて、光を反射したものを拾い上げる。
望月 愼介:「しおり……?」
◇◇◇
入手アイテム
『四つ葉のクローバーの栞』を手に入れた
◇◇◇
それは本物のクローバーを黄色い画用紙に載せてラミネート加工された手作りのしおりだった。
見覚えの無い、初めて見るはずの栞なのに、四つ葉のクローバーには何か引っかかるものを感じた。
どこにでもある四つ葉のクローバーだからなのか。
それとも本当に見覚えのあるものだからなのだろうか。
痛みとは違う、でもそれに近しい感覚が頭の中に広がっていく。
記憶が見つけてくれと、もがいているような気がした。
俺は手の中のしおりを見つめながら、記憶の引き出しを開けていく。
キーワードは病院・四つ葉のクローバー・そして少女。
穴が開くほどしおりを見つめる。
望月 愼介:「ッ……?」
子供だった頃の俺。
白いベッドに座る少女。
『これできっと良くなるよ』
笑顔で四つ葉のクローバーを受け取る少女。
望月 愼介:「ハッ……」
断片的に記憶を見つけ出した。
正しい記憶かも分からない、幼い記憶。
望月 愼介:「もしかして俺は……ここに来た事があるのか?」
深谷が『思い出さなくても良い』と言っていたのと、何か関係があるのかもしれない。
望月 愼介:「俺は……何をどこまで、忘れてるんだ?」
田所の日記に答えがある気がした。
俺はポケットにしまった日記に手を伸ばし、その手を止める。
望月 愼介:「や、今はあいつらが先か」
俺はしおりをポケットにしまって、待合室のトイレに3人を迎えに行った。
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