第21話 昌暉視点


昌暉:「はぁ……はぁ……はぁ……」


スマホのライトで足元を照らしながら山道を駆け下りる。


ワォーン……。


遠くで動物が鳴いている。


昌暉:「大丈夫……だいじょ、ぶ……」


名前も分からないような動物に、噛み殺される自分を想像して頭を振る。


昌暉:「必ず……みんなをッ……助ける、からッ!!」


タッタッタッタ……


タッタッタッタッタッ……


昌暉:「えっ……」


あきらかに僕のものではない足音が、後ろから聞こえてくる。


もしかしたら、望月さん達が追い掛けて来たのかもしれない。


僕は走る足を止めて、振り返った。


昌暉:「……マジかよ」


誰も居なかった。


想像していた人物の居ない暗闇を、スマホのライトが照らす。


吸い込まれそうな暗闇から逃げるように、僕は再び走り出した。


車が一台通れるだけの細い山道を駆け下りながら、三人で並んで登って来たのを思い出す。


あの時に戻りたいと心の底から願うと、背後から強い光を当てられた。


まさか、過去に行けるのか?


恐怖心と緊張感が現実逃避をさせるが、そんな事があるはずはない。


ゴゴゴゴゴゴォォォオオオオオオ!!


昌暉:「車だ!!」


今度こそ望月さんだ!


僕は期待をして振り返った。


――瞬間


僕は体に強い衝撃を受けて宙に浮いた。


声を上げる間も無く、僕の体は先程まで走っていた地面に叩き付けられた。


昌暉:「うぐぇっ!」


くらくらする頭では、何が起きたのか理解できなかった。


昌暉:「も……ち、づ……き……さ……?」


状況を確認しようと目を開けるが、左瞼が動かない事に気が付く。


画鋲で紙を留めるように、割れた眼鏡のレンズの破片が瞼の上から突き刺さっていたのだ。


その事に気が付いた途端、左の眼球に焼けるような激痛が走り、呻き声を上げた。


昌暉:「うぅぅ……ぁああッ……っ……」


左半身を強打したようで、俯せに倒れた体を起こす事も出来ない。


僕は車と衝突したのだと、遅れて理解した。


右目の視界で見える車は確かに望月さんのものだ。


昌暉:「……な……ん、で」


おかしい。


何かが、おかしい。


ブォォォォオオオンッ!!


アクセルが踏み込まれて、車が唸っている。


発進される前に逃げようと、僕は右半身を必死に動かしたが、山道を力無く擦るだけだった。


昌暉:「も……ち、づ……やめっ……」


僕の言葉を無視するように、車が発進された。


昌暉:「ぅあ゛!!」


右の前輪が目の前に迫り、逃げられなかった僕の顔面が餌食となる。


タイヤの黒いゴムが皮膚を巻き込み、ぐちゃっと鼻の軟骨が砕かれた音が脳に直接響いた。


そのまま鼻は引き千切れ、タイヤに踏みつぶされる。


僕はもう死んでいるはずなのに、まだ体の痛みが残っている不思議な感覚だ。


顔面が燃えるように熱く、痛い。


車は止まる事無く、タイヤが頬の肉を巻き込み、簡単に頬骨は砕かれた。


メキッ……


上顎が二つに割れ、唇は裂けてタイヤにすり潰される。


車が前進すればするほど頭蓋骨は砕かれ、後頭部の亀裂からは、脳が熟れたトマトのように弾け飛んだ。


ブシャッ


そんな音が聞こえて、鳥肌が立った気がした。


飛び散った脳までもすり潰しながら車は前進し、漸く止まったのは後輪が頭部を轢き終わってからだった。


ガサガサ……ガサガサガサ……


茂みが揺れ、何かが現れた。


野犬だ。


血液の臭いを嗅ぎ付けて来たのか、車の音で来たのか。


汚れた野犬たちは僕の周りに集まり出す。


鼻を近付け、よだれが垂れる口を開いた。


一匹はすり潰された頬肉を地面から引き剥がして喰らった。


昌暉:「あぁぁああ゛ッ!! 顔がッ、顔がッ!!」


何の抵抗も出来ない僕の頬の肉が喰い千切られる。


ぐちゃぐちゃと音を立てながら、鋭い牙を赤く濡らす。


野犬は噛み砕いた頬の肉を飲み込み、再び口を開く。


もう一匹は同じ様に臭いを嗅ぎながら、鼻先で器用に僕の服をめくり上げる。


昌暉:「やめろやめろやめろッ!!」


必死の抵抗も意味はない。


僕の唇はもう動かないのだから。


警戒心のない野犬は、無傷の腹に茶色く汚れた牙を突き立てた。


ぐちゅり。


何本もの牙が深く沈み、しっかりと柔らかな腹の肉を捉える。


昌暉:「ぅぁぁぁぁああぁぁあああああッ!!」


長い爪が生える前足で胴体を抑え、僕の体を揺さぶった。


何度か勢いよく顎を引くと、ぶちぶちと筋肉が引き千切れ、血管に残る血液が飛び散る。


口の周りに付いた血液を舐め取り、野犬は裂けた腹に顔を突っ込んだ。


体を揺さぶって腹の中を搔き乱し、顔を引き抜く。


顔を真っ赤にした野犬が引きずり出したのは、温かな筋肉の管。


つまり、小腸だった。


まだ微かに生きている小腸は、伸縮を繰り返している。


野犬は後退りながら首を振って、小腸を噛み千切った。


噛み応えのある小腸をぐちゃぐちゃと咀嚼し嚥下すると、再び腹に顔を突っ込んで小腸を引き千切った。


新鮮な血生臭さに釣られたのか、頬肉を食らっていた一匹も小腸や大腸が露出する腹の前にやってくる。


そしてピンと立った耳まで赤く染めるほど、深く、柔らかな臓器の器に頭を突っ込んだ。


すぐに引き抜いた野犬の口には、小腸ではなく、楕円形の臓器が咥えられていた。


首を振って力尽くで引っ張るが、胃袋は食道と小腸と繋がっていて簡単には引き千切れない。


内側から喉を引っ張られている様な感覚だ。


もう僕は痛みを感じないが、吐き気がするのは気のせいではないだろう。


昌暉:「うぅっ……オエッ……うっ……」


野犬が強い力で引っ張り続けるので、とうとう胃袋の一部が噛み千切られてしまった。


腹と同じ様に穴が開いた胃袋の中からは、消化途中のモノがどろりと溢れ出した。


吐き気が治まった気がした。


僕の体はただの肉と化し、野犬にとって最高のごちそうになってしまった。


さっきまで僕を人間として動かしていた臓器たちは、完全に動きを停止させている。


必死で廃病院から逃げ出して助けを呼ぼうとしていた体は、もう赤い肉の塊だった。


どこからか現れた野犬が新たに加わり、僕の腹に前足を突っ込んで穴を掘るように臓器を掻き出した。


長い爪に引っ掛かった小腸や大腸、名前が分からない臓器や肉の破片が地面に広がる。


そんな中、一人の男が食い散らかされている僕を見下ろして笑った。


???:「誰も逃がしはしない」


しゃがみ込んで、潰れた頭の中から何かを拾い上げた。


???:「全員、殺す」


男は僕に背を向けて、山道を上って行った。



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