第19話


神澤 真梨菜:「な、なに!?」


部屋の外で待っていた神澤が俺の声に反応する。


昌暉からスマホを受け取って部屋の外に出ると、神澤は陣内の肩を抱いていた。


軽部はビデオカメラのレンズを足元に向けて、俺たちを待っていた。


望月 愼介:「部屋映さないでくれたのか。ありがとな」


俺は軽部に頭を下げた。


神澤 真梨菜:「ね、ねぇ! 何があったの!?」


質問に答えなかった俺の肩を、神澤が掴む。


望月 愼介:「俺のダチが死んでた。ドアノブの落ちた音がしなかったのは、扉の前にそいつが倒れてたからだ」


陣内:「そ、そんな……」


陣内は神澤に肩を抱かれながら、先ほど見た頭蓋骨を思い出し、血の気が引いていく。


軽部:「そ、それは……?」


軽部が俺の持っている手帳の存在に気が付く。


一瞬、ビデオカメラを持つ手が動いたので、映したいのだろう。


望月 愼介:「これは撮っても構わねぇよ」


そう言うと軽部は「ありがとうございます」と言って、ビデオカメラのレンズを俺の手元に向けた。


望月 愼介:「俺のダチの手帳だ。こいつは警察で、未解決事件の殺人事件を調べに来たらしい」


神澤 真梨菜:「それで、そのお友達も殺されちゃったの……?」


望月 愼介:「いや。こいつは餓死した。もしかしたら俺たちも出られないのかもしれない」


陣内:「えっ」


神澤 真梨菜:「うそ!?」


神澤と陣内は眉をぐっと寄せて、大きな声が出ないように口を手で押さえた。


昌暉:「これで割ってみましょう」


診察室から出てきた昌暉の手には、診察の際に患者が座る小さな丸椅子と外した2つのドアノブが握られていた。


昌暉:「長い棒とかは無かったんで、もうこれで試すしかないですね」


昌暉は手帳を覗き込んでいたので、誠也が死んだ背景を知っている。


神澤 真梨菜:「大きな音出ちゃうよ!?」


神澤は昌暉の手元を見下ろし、目を丸くする。


陣内:「でも、お化けが来る前に脱出しちゃえば大丈夫じゃないですか?」


望月 愼介:「割れればな……」


俺は手帳をズボンのポケットにしまった。


軽部:「どういう事ですか?」


軽部が怪訝な顔をする。


望月 愼介:「ダチが死んだのは窓ガラスが割れなくて、この廃病院に閉じ込められたからなんだ」


陣内:「そ、そんな……」


陣内は泣きそうだ。


望月 愼介:「ほんとかどうかは分からない。でも試してみないと」


昌暉からドアノブを受け取り、俺は閉ざされた出入り口の隣の窓ガラスを見る。


もう外にオレンジ色の光は無かった。


薄暗い外で、俺の車がこちらを向いて停まっている。


望月 愼介:「お前ら、周り警戒しとけよ」


俺は手にしているドアノブを、見ている窓ガラスに向かってぶん投げた。


俺の手から放たれたドアノブは、次の瞬間には窓ガラスにぶち当たった。


ドアノブは確かに、窓ガラスに当たっていた。


それは全員が目撃している。


だが、想像していた大きな音は出なかった。


それどころか、ドアノブは窓ガラスに傷1つ付ける事無く、静かに廊下に転がったのだ。


何か目に見えない力が、衝撃を吸収して、全てなかった事にしている。


望月 愼介:「なっ……マジかよ」


誰かに説明して欲しくて神澤を見るが、彼女も目が点状態だった。


轟チャンネルの3人にも視線を向けた。


陣内と昌暉は眼球が飛び出してしまいそうなほど大きく見開いていた。


唯一、この状況に震えていたのはビデオカメラを構えていた軽部だけだった。


望月 愼介:「おい、どうしたんだよ。なんか……見えたのか?」


なんだが、喉に小骨が引っ掛かったような、不快感を感じる。


顔を引き攣らせた軽部は、ものすごい速さでビデオカメラの小さなモニターと転がるドアノブを交互に見つめた。


軽部:「カ、カメラに……い、一瞬……」


 み

      ぃ

  つ

         け

                 た


すぐ近くに居るかのような、脳内で響く、嬉しそうな少女の不気味な声。


窓を背に、カメラの中の少女がこちらを見つめている。


咄嗟に点けたままになっていたスマホのライトを当てると、廊下に少女の姿は無かった。


だが不快感はまだ残っている。


少女はまだどこかに居るはずだ。


そう思い、辺りを警戒した瞬間だった。


ガシッ!!


夢と同じ様に、右肩を小さな手に掴まれた。


望月 愼介:「うわぁッ!?」


反射的にその手を振り払い、後ろを向くと少女は嬉しそうに笑って俺を見上げてい

た。


他の4人も少女の存在を再確認し、距離を取ろうと慌てて後退る。


神澤 真梨菜:「きゃぁぁぁぁぁああああああ」


陣内:「いやぁぁぁあああああっ」


昌暉:「わぁぁぁあああああああああ!」


軽部:「ぅわぁぁぁぁぁああああああッ!!」


早く逃げなくては。


俺は片手にスマホを握っていたので、近くに居た神澤の手を掴んで逃げだした。


望月 愼介:「お前ら! 扉のある所に逃げ込め!!」


この状況で全員を守るのは不可能だった。


俺の声が悲鳴にかき消されていたとしても、幸い、手帳を読んだ昌暉が向こうには居る。


扉を通過してこない事を知っているので、問題は無いはずだ。


今はそう信じたい。


俺は神澤を連れて、2階の階段を駆け上がる。


扉が開いている診察室2に逃げ込みたかったが、立ち塞がるように少女が立っていてそれは難しかった。


1階のトイレは5人で隠れられるほど広くはない。


だから俺は2階に向かったのだ。


ただ2階のトイレの場所や、他に扉が開いている部屋を確認できていない。


必然的に逃げ込めるのは扉が開いている殺人現場の201号室だけだった。




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