第15話


望月 愼介:「お前ら、こっち来い!」


俺は神澤の手を引き、出口の前を離れる。


向かった先は待合室だった。


軽部:「こっちに……出口があるんですか?」


軽部は声を震わせている。


望月 愼介:「いや、ない」


轟チャンネルの三人:「えっ!?」


神澤 真梨菜:「えっ!?」


4人は驚いて眉を寄せる。


望月 愼介:「黒い影はそこまで来てる。まずは隠れてやり過ごすぞ」


全員が反論したそうな顔をしているが、時間が無いのを分かっているので、余計な事は何も言わなかった。


望月 愼介:「5人で隠れられる場所は無い。二手に分かれる。お前たちはトイレに隠れろ」


轟チャンネルの3人に指示を出して、俺は神澤の手を引いて受付の扉を開いた。


神澤 真梨菜:「ここで見つからない!?」


望月 愼介:「隠れられそうなのここぐらいしかねぇだろ? 診察室のカギが開いてるか分かんねぇし。調べてる時間無いんだよ」


俺たちは受付の机の下に身を潜めた。


ふふふ……


笑い声が聞こえて、体が硬直する。


黒い少女が待合室に入って来たのが気配で分かった。


神澤もそれを感じ取ったのか、静かに俺の腕にしがみ付いた。


息を殺して、硬く目を閉じ、気配が消えるのを待つ。


イ…ナ……イ…ノ……?


微かに聞こえる黒い少女の言葉。


悲しそうな声色は、この状況じゃ不気味にしか聞こえない。


神澤にもこの声が聞こえているようで、俺の腕にしがみ付く手に力が入る。


カク……レン、ボ……?


ドコ……ナ……ノ?


黒い少女は迷子になった子供の様な声を出す。


そして気配が消えた。


望月 愼介:「……いなくなったみたいだ」


霊感など無いはずなのに、俺はそれをはっきりと感じ取った。


この状況が夢なら説明が付くのに、神澤の爪が皮膚に刺さって痛いということは残念ながらこれは夢ではない。


『何でそんなことわかるの?』と神澤が目で訴えている。


望月 愼介:「俺にも分かんねぇよ。けど分かんだよ」


俺は受付の机の下から這い出て、振り返る。


待合室には誰も、何もいなかった。


気配を感じ取れているのは間違いではないようだ。


俺は受付の扉を開いて待合室に出る。


神澤 真梨菜:「ま、待って! 置いてかないでッ!!」


神澤は慌てて机の下から這い出ると、定位置の様に俺の隣に立って腕にしがみ付く。


神澤をこんな目に遭わせてしまったのは、強制的に連れてきた俺の責任だ。


暑いし歩きにくいので引き剥がしたいが、ぐっと耐えることにした。


望月 愼介:「お前ら、もう出てきていいぞ」


トイレの扉に向かって声を掛けると、ゆっくりドアノブが回った。


恐る恐るといった感じで扉が開き、顔を青くした三人が出てくる。


陣内:「ほ、ほんとに……だだだ大丈夫なんですか……?」


陣内は震える唇を動かして、必死に言葉を発する。


昌暉はズレた眼鏡を戻すことなく、定まらない視点で辺りを見回している。


望月 愼介:「あぁ、大丈夫だ。今は何も感じない」


視界の端で軽部が動いたので目を向けると、彼はビデオカメラを構えていた。


望月 愼介:「おい、何やってんだ」


レンズを俺に向けている軽部を睨む。


軽部:「……撮ってるんですよ」


望月 愼介:「……ふざけてんのか?」


軽部:「本気ですよ。いつ死ぬかも分からない状況だから、俺が生きた証を撮ってるんですよ」


必死に声を絞り出し、軽部はビデオカメラを持っている右手を左手で掴んだ。


体の震えで映像がブレないように支えている。


どんな状況下でもカメラを回すのは、撮影者としてのプロ意識なのだろうか。


望月 愼介:「ワケ分かんねぇこと言ってんな。5人で生きて帰んだよ……」



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