第13話


カギの開く音が静かな廃病院に響く。


俺はカギを差したままにして丸いドアノブを掴むと、カメラマンの軽部が黙って俺の背後に立った。


望月 愼介:「開けるぞ」


俺は撮影しやすいように声を掛けながら扉を押し開ける。


俺はただの薄汚れた病室が広がっているのだと思っていた。


轟チャンネルが浸入した病室と同じ様に、窓ガラスが割れていると思っていた。


そう思っていたのは他の4人も同じはずだ。


誰も身構えてはいなかった。


だから目の前の光景に、全員の息が止まった。


望月 愼介:「――なっ!?」


神澤 真梨菜:「い、いやぁぁぁぁぁあああああッ!!」


俺は扉の前で目の前の光景から目が離せなくなり、神澤は悲鳴を上げて後退った。


俺たちの様子に驚いた陣内と昌暉が病室を覗き込む。


望月 愼介:「お前ら見るな!」


昌暉:「なにがあっ……えッ!?」


陣内:「きゃぁぁぁぁあああああッ!!」


昌暉は目を見開き、陣内は神澤と同じ様に悲鳴を上げた。


俺は振り返って軽部の様子を確認すると、彼は口元を抑えたままビデオカメラを病室に向けていた。


望月 愼介:「やめとけ、こんなの撮るもんじゃない……」


そう言いながらも、俺は悲惨な状態の病室から目が離せなかった。


一人部屋の病室は机や椅子、棚やブラウン管テレビなどあるものは普通だったが、ベッドだけは違っていた。


白いシーツに包まれた布団は濃い茶色に染まっていた。


素人目でもそれが血液だと瞬時に理解できる。


どれだけの年月が経過しているのかは分からないが、水分を完全に失った血液は酸化して茶色に変色していた。


カビが生え、黒い虫が這っている。


血液はベッドだけでなく、床や壁も汚していた。


陣内:「ね、ねぇ!」


陣内が扉の前で固まっている昌暉の肩を揺する。


神澤 真梨菜:「眺めてないで早く逃げようよッ!?」


神澤は俺の肩を掴んで強く揺さぶった。


そして俺の手を引っ張ってこの場から逃げようとする。


陣内:「そうだよ! 誰かここで殺されてるんだよっ!」


陣内は涙声で動かない昌暉に叫びかける。


昌暉:「あ、あぁ……」


目の前の悲劇と陣内の必死な声に、昌暉は混乱した頭で適当な返事をする。


陣内:「アンタも! いつまで撮ってんの!? 早く逃げようよ!」


陣内は未だに殺人現場の病室を撮影している軽部の肩を押した。


軽部:「け、警察に見せるんだ。だからもう少し……」


軽部は俺と昌暉の間を割って震える足で前に出た。


望月 愼介:「おい、止めろ。餓鬼がナメた真似してんじゃねぇ」


目の前の悲劇が未解決だろうが解決済みの事件だろうが、この場に留まる必要は無い。


望月 愼介:「おい!」


俺の言葉を無視して無理に撮影している軽部の肩を掴む。


その時だった。


ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


血だらけのベッドが震え出す。


ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


俺と昌暉は短い悲鳴を上げ、神澤と陣内は俺たちにしがみ付き、軽部は一歩後ろにさがった。


ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


おかしい。


空気が重くなる。


神澤がしがみ付いているからではない。


霊感など無い俺でも感じ取れるほどの空気。


あきらかにこの部屋から溢れ出す異様な空気が重たいのだ。


ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


昌暉:「ひぃッ!」


昌暉は腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。


陣内:「ちょっ!? 立ってよ! 早くここから逃げないとッ!」


陣内は昌暉の腕を引っ張るが、彼の腰は簡単には上がらない。


望月 愼介:「おい、軽部! お前いい加減に」


突然暗くなる。


背後の窓から差し込むオレンジ色の光を、何かが遮ったのだ。


だが俺の右隣には神澤が居て、足元には腰を抜かした昌暉とそれにしがみ付く陣内が居る。


目の前には部屋を撮影している軽部が居る。


そう。


俺の背後には誰も居ないはずなのだ。


だが俺は頭で考えるよりも、反射的に振り返ってしまった。


望月 愼介:「ッ!?」


背後の曇りガラスの様に汚れた窓の外に、人影が見えた。



  あ



       そ



              ぼ



望月 愼介:「逃げるぞ! お前ら!!」


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