第12話


俺と神澤は201号室を探す為に足を動かしたが、陣内が声を掛けてきたのでその足を止める。


陣内:「よかったらお2人を後ろから撮影させてはくれませんか? 投稿用ではなく……思い出として」


陣内の申し出に俺と神澤は顔を見合わせる。


神澤 真梨菜:「投稿用っぽく編集して、こっちに回してくれるなら!」


どうやら神澤は轟チャンネルのファンらしい。


陣内:「もちろんです! 編集頑張ります!」


ガッツポーズをして陣内が喜ぶ。


早く帰りたかった俺は断りたかったのだが、勝手に話がまとまってしまい、溜め息を吐く。


まぁ神澤からしたらまたと無いチャンスなのだから仕方ないのかもしれない。


ここは神澤と話し合いをするより、素直に従っておいた方が得策だろう。


望月 愼介:「5分もないぐらいの動画になったって俺たちは責任取らないからな」


カギを開けて201号室を覗くだけだ。


2分で終わる可能性だってある。


陣内:「そこは編集担当の私に任せてください。5分の動画を10分にできますよ!」


『1時間を10分に』というのは理解できるが、短い動画を倍の尺にするなんて容易ではないだろう。


蛇足だらけになりそうな気もするが、少しだけこいつらの動画に興味が湧いた。


望月 愼介:「そうか。じゃぁ早く始めてくれ。俺たちはこの後、別の場所で撮影があるんでな」


俺はビデオカメラを持つ軽部に声を掛ける。


軽部:「じゃぁカメラ回すんで、お2人のタイミングで実況始めて大丈夫です」


軽部はビデオカメラを俺たちに向ける。


陣内と昌暉は軽部より後ろに立っているので、映っているのは俺と神澤だけだった。


望月 愼介:「実況っつったってなぁ……?」


神澤 真梨菜:「ね、ねぇ……?」


俺と神澤は目を合わせて困り果てる。


素人の2人を映したところで、実況など出来るはずなかった。


軽部:「じゃぁ俺はカメラマン続けるんで、2人は一緒に実況して。でもメインは望月さんと神澤さんです。それで大丈夫ですか?」


瞬時に案を出してこの場を仕切る軽部は轟チャンネルのリーダーなのだろう。


神澤 真梨菜:「まぁ、それなら……」


望月 愼介:「2人に沿って実況すりゃ良いんだろ?」


俺たちの後ろを撮るだけだと思っていたので、面倒事になったなと頭を搔く。


曇った窓ガラスから差し込むオレンジ色が濃くなってきた。


日が沈んできたのだ。


軽部:「では、始めます」


軽部は4人にレンズを向けて開始の声を掛ける。


昌暉:「はい、どうも。轟チャンネルの昌暉です!」


陣内:「陣内です」


突然始まった実況にどうしていいのか分からず、俺と神澤は棒立ちだった。


だが慣れた2人の進行に従って、実況は順調に進んで行く。


陣内:「それでお2人はカギを持っているとお聞きしたのですが」


陣内が俺に話を振ってくる。


望月 愼介:「あ、あぁ、1階で201号室のカギを見つけたんだ」


神澤 真梨菜:「でも場所が分からなくて」


昌暉:「それなら僕に任せてください。もう見つけてあるッス!」


胸を叩いて声を上げたのは昌暉だった。


元気な昌暉の案内で俺たちは2階の一番奥にある扉の前で立ち止まった。


位置的には1階のリハビリルームの上だろう。


扉に貼られた『201』の汚れたプレートを、背後の窓から差し込むオレンジ色の光が照らしていた。


昌暉:「さすが望月さんスね! カギを見つけてくるなんて」


昌暉が尊敬の眼差しを向けてくる。


望月 愼介:「これを見つけたのは神澤なんだ」


俺は親指で隣に立つ神澤を指さす。


昌暉:「あ、そうだったんスね。でもさすがッス!」


神澤 真梨菜:「何がそんなに‟さすが”なの?」


俺の疑問を神澤が代弁する。


神澤は落ちていたカギを拾っただけだ。


探したわけではない。


陣内:「2階の病室はほとんどカギが閉まってて。開けようと思って私達カギを探したんですけど見つからなくて……」


昌暉:「神澤さん、カギどこで見つけたんスか!?」


そういえば神澤は既にカギを持っていたので、どこにあったのかは俺も知らなかった。


4人の視線が神澤に注がれる。


神澤 真梨菜:「えっと……1階の受付の中だよ。カルテの下敷きになってて、踏んで気が付いたの。探し当てたわけじゃなくて、たまたまだよ」


自分に集中する視線に驚きながらも、神澤は発見場所を話した。


陣内:「あれ、1階の担当って昌暉じゃなかった?」


陣内が昌暉に疑いの目を向ける。


昌暉:「さ、探したよ! カルテの下だって見たわ! ……おっかしいなァ、さっきは無かったと思うんだけど」


昌暉は探索した事を訴え、自分の記憶を探る。


カギに縁が無いのか、探し方が悪いのか。


探し物は探している時には見つからず、どうでも良くなった時にコロッと姿を現すものだ。


望月 愼介:「カギで思い出したけど、お前らどっから入って来たんだ? 1階の入り口はカギが掛かってたろ?」


1階の窓ガラスは割れていなかったし、人が通れそうな壁の穴も見当たらなかった。


陣内:「2階の窓ガラスが割れてたんで、そこから入りました」


陣内はそう言うが、2階の廊下の窓ガラスも割れている所は無かった。


昌暉:「病室の窓です。病院の裏側の木の枝がガラスを突き破ってたんス。だから木ぃ登って窓から入って来たんスよ」


だから出入り口の窓にはカギが掛かっていたのか、と一人納得した。


望月 愼介:「じゃぁこの病室もガラス割れてっかもな」


俺は『201』のプレートを見上げた。


望月 愼介:「お前ら足元、気をつけろよ」


俺の注意に3人が頷き、カメラマンの軽部も頷いたのを確認してからカギを差し込んだ。


◇◇◇


『201号室のカギを使用した』


◇◇◇


ガチャ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る