第10話
砂埃だらけのコの字型の階段をゆっくり上っていると、ガサっと物音がした。
靴裏が床を滑る音に似ている。
神澤 真梨菜:「今、なんか聞こえたよね?」
小声になる神澤は階段を上る足を止めて俺を見る。
望月 愼介:「誰か居んのか?」
俺は首を傾げて、左耳を二階に向ける。
ふふふ……。
望月 愼介:「……おい、今の聞こえたか?」
助手席で眠る神澤を起こしている時に聞こえた笑い声と一緒だった。
俺の中の消えていた恐怖が目を覚ます。
神澤 真梨菜:「き、聞こえた……女の子の笑い声」
眉をハの字にした神澤は俺の腕を掴む。
聞こえていたのが俺だけじゃない事に安堵して、帰るキッカケを発見できた事に喜びを感じた。
夢と違えど、ここは普通じゃない。
怖がる神澤を理由にして帰ろう。
望月 愼介:「かみさ――」
神澤 真梨菜:「先行って!!」
望月 愼介:「え」
神澤は掴んでいる俺の左腕を前に押し出して先陣を強いる。
望月 愼介:「……お前怖いんだろ?」
振り返って俺の腕から彼女の手を剥がす。
神澤 真梨菜:「こ、怖くないしッ! 大丈夫だし!!」
必死にするさまは逆効果だ。
望月 愼介:「はいはい。別に笑わねーから。もお、帰ろうぜ」
神澤 真梨菜:「ほ、ほんとに笑わない……?」
振り解かれた手で俺のTシャツの裾を握る神澤に笑いそうになる。
神澤 真梨菜:「望月さん嘘吐きだから、今絶対笑ってるでしょ」
よくお解りで、とは言えないので首を横に振った。
望月 愼介:「はぁ。いーよ、無理しなくて」
神澤 真梨菜:「とか言って本当は自分が怖いだけでしょ?」
望月 愼介:「そんなわけねーだろ」
神澤 真梨菜:「じゃぁ先行けるでしょ」
望月 愼介:「わーったよ……」
売り言葉に買い言葉、というやつか。
帰るつもりが、今まで横一列で並んでいたのに俺が先頭で先に進まなてはならなくなった。
『安い挑発に乗ると後々問題が大きく膨らむ恐れがあるので慎重に』
前に何かの記事で読んだ一文である。
神澤のくだらない挑発に乗る前に思い出したかったものだ。
もう後には引けない状況を作ってしまったので、俺は投げやりな気持ちで再び階段を上り始める。
望月 愼介:「つーか、何でそんな行きたがるわけ?」
神澤はTシャツがシワだらけになるほど強く掴んで放さない。
ぴったりと背中にくっついて離れないのでとても歩きにくい。
そして暑い。
神澤 真梨菜:「怖いけど見たい、みたいな」
望月 愼介:「怖いのは認めんのか」
神澤 真梨菜:「いや、怖くは無いよ。例えね、例え。好奇心」
言い訳が小学生レベルだ。
俺は神澤の言葉を聞き流し、階段を上って行く。
神澤 真梨菜:「ちょ、早いよ」
裾を掴んでいる神澤は階段を踏み外さないように足元を見下ろしながら付いて来る。
二階に到着した俺は何かの……少女の気配が無いか、意識を集中させる。
霊感など無いが背筋を撫でる悪寒は感じられなかった。
神澤 真梨菜:「だ、大丈夫そう……?」
目で周りを見回しても特に変わった所は無い。
廊下は一階と同じ様に薄汚れていて、窓ガラスは割れていない。
ただガラスの表面が砂埃で汚れていて、曇りガラスの様に外の様子が見えなくなっていた。
望月 愼介:「あぁ、問題なさそうだ」
俺の言葉を聞いて神澤は最後の一段を上って二階に辿り着いた。
俺より怖がっている神澤がいるおかげで、俺の恐怖心は静かになっていく。
神澤を背中に隠すようにして先に進むと、一階の待合室のような広い空間に出た。
廊下が終わるとすぐ右側に受付があり、広間には丸い大きなテーブルと小さな椅子が置かれていた。
奥には扉がいくつも見える。
薄暗くてどれが201号室なのか分からなかった。
埃臭く、カビ臭い。
古い土の臭いと、一階には無かった臭いが漂っている。
望月 愼介:「とりあえず201なら端っこだろ?」
そう言いながら広間に足を踏み込んだ時だった。
ガザッ。
クスクスクス……。
望月 愼介:「神澤ッ!」
俺は足を止め、すぐ後ろを歩く神澤にも止まる様に肩を抑える。
神澤 真梨菜:「なっ!?」
俺は人差し指を口元に立て、声も出さないように注意をする。
神澤は何が起こっているのか分からず、俺の背中にぴったりと張り付く。
俺は意識を集中させて耳を澄ませる。
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