第9話
望月 愼介:「あぁ、カルテだろうな。でも……読めねぇな」
神澤 真梨菜:「滲んでるし、元々の字が汚いね」
神澤は頷きながら一緒に見ていたカルテを手に取り、ぐにゃぐにゃした文字に目を走らせる。
神澤 真梨菜:「私ね、昔、看護師になりたいって思ってた時期があってさ」
唐突な神澤の昔話に俺は耳を傾ける。
神澤 真梨菜:「受付してる姿とか患者さんに優しくしている姿とか見てて素敵だなぁって」
神澤は憧れの存在を思い出しているのか、口元が柔らかく緩んでいる。
望月 愼介:「じゃぁ何で看護師にならなかったんだよ」
小さな出版社でUFO担当をするより、安定した生活を送れるはずだ。
神澤 真梨菜:「ドイツ語が覚えられないなって思ったの」
恥ずかしそうに神澤はクスリと笑った。
望月 愼介:「え、今どきドイツ語必要なくね?」
神澤 真梨菜:「ううん、必要無いの」
神澤は首を振った。
神澤 真梨菜:「そもそもカルテをドイツ語で書く医者は少ないんだよ。日本語と英語で書くのがほとんど。論文も英語だし」
神澤は床に散らばるカルテを見回す。
望月 愼介:「……でもそれ分かってんなら何で看護師にならなかったんだよ」
神澤 真梨菜:「小学生の頃の夢だからね。『カルテはドイツ語で書く』なんて中途半端な知識で諦めたの。でも小学生ってコロコロ夢が変わるでしょ? ケーキ屋さんになりたいとか、お花屋さんになりたいとか。そういう感じで明確な理由も無く夢見てただけ」
確かに俺も小学生の頃はキラキラした色々な夢を持っていた。
プロサッカー選手、芸能人、IT関係、大工、バイクレーサー、体育教師、大金持ち、警察官……。
今思い出せるのはこれくらいだが、それでも小学生らしく多くの夢を掲げていた。
心霊写真家になろうと思ったのはもっとずっと後だが、写真家になろうと思ったのは中学生の時だった。
神澤 真梨菜:「あとね、考古学者になって発掘したいと思った事もあるんだ。ピラミッドの謎とかミイラとか好きなんだ」
ピラミッドは宇宙人の科学技術を用いて造られたんだと、神澤に力説されたのを思い出す。
神澤 真梨菜:
「だから宝探しとか、探検も好きなんだよね~」
そう言って神澤は名札の付いたカギを顔の横で揺らして俺に見せびらかした。
神澤 真梨菜:「ちょっと遊んできません?」
◇◇◇
▶『遊んでいく』
『遊んでいかない』
◇◇◇
望月 愼介:「ミイラ取りがミイラにならないようにしろよ」
俺は神澤からカギを受け取り、名札を確認する。
掠れた文字で『201』と書かれていた。
◇アイテム入手◇
『201号室のカギを手に入れた』
神澤 真梨菜:「ミイラ取りって言うか、場所が場所なだけあって‟ホラーゲーム”っぽいよね」
神澤は楽しそうに笑いながら扉を開けて受付から出てきた。
確かに廃病院はホラーゲームの王道ステージだ。
雨宿りや肝試し、山での遭難など理由は様々だが、数人の男女が廃病院に集まり、閉じ込められるのだ。
だがこの廃病院は夢とは違う。
今の俺に、来る時のような恐怖心は無かった。
だから二階に上がる抵抗は無かった。
それにまだ日は沈んでいない。
人工的な光が必要なほど暗くは無かった。
神澤 真梨菜:「何があるわけじゃないだろうけど、そこの部屋撮ったら出ようか。日が落ちる前に出発したいし」
望月 愼介:「そうだな」
俺は神澤の提案に頷いた。
夢と違うとは言え、廃病院に長居する気は無かった。
写真は撮っているので、しばらく素材に困らないだろう。
俺たちは二人並んで廊下を歩き、一番奥の階段を登り始める。
階段の位置が夢と同じであることに気が付かないまま……。
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