第8話


神澤 真梨菜:「うわぁ~……」


ウエットティッシュで手を丁寧に拭きながら、神澤はズカズカと廃墟に入って行く。


俺も仕方なく、廃墟に踏み込んだ。


神澤 真梨菜:「なんか、思ってたより汚れてないね」


神澤は中を見回して残念そうに呟いた。


望月 愼介:「そう、だな……」


廃墟の中は夢と違っていた。


俺が見た夢は、中に入るとすぐ目の前にいくつも扉が並んでいた。


しかし現実は開けた空間が広がっていて、カウンターがある広い空間にはソファがたくさん並んでいた。


ただそれだけの違いだが、俺を安心させるには十分だった。


あれはただの夢だったんだ。


俺は悪い夢を見ただけなんだ、と。


神澤 真梨菜:「あ、何で汚れが少ないのか分かった!」


神澤は入り口の前で立ち尽くしている俺を振り返ってみた。


神澤 真梨菜:「窓ガラスが割れてないんだよ」


望月 愼介:「ほんとだ……」


俺は神澤の視線の先にある窓を見た。


また夢と違う。


1つ、また1つ、夢と違う所を発見しては抱えていた不安が減っていく。


望月 愼介:「廃墟だからって必ずガラスが割れている訳じゃねーって事だな」


パシャリ。


俺はスマホで入り口付近の窓を撮影した。


神澤 真梨菜:「へんなの~」


窓ガラスへの興味が無くなったのか、神澤は奥へ進んで行く。


不安も恐怖も薄れた俺は、何の躊躇もなく足を動かす。


すると何かを蹴飛ばしてしまったようで、ズサーッと何かが砂だらけの床を滑る音が足元から聞こえた。


俺は少し先に滑って行った物に目を向ける。


望月 愼介:「ん?」


薄汚れてはいるが、白くて細長いものだと分かる。


近付いて拾い上げた。


望月 愼介:「プレートだ」


『待合室』と書かれている。


プレートの右上と左上に穴が開いているので、糸やワイヤーで天井からぶら下がっていたのだろう。


劣化して切れたのか、落ちてしまったようだ。


神澤 真梨菜:「ここ病院の廃墟だ」


神澤はカウンターを指さし、もう片方の手で手招きをして俺を呼んだ。


望月 愼介:「あれ、伝えてなかったか?」


神澤 真梨菜:「聞いてないよ!」


日が昇っているせいか、元病院だと知っても神澤は怖がる様子がない。


俺は汚れた『待合室』のプレートを近くの青いソファに置いて神澤に歩み寄った。


神澤 真梨菜:「ねぇ、ここに『診察券と保険証をお預かりします』って書いてあるよ」


神澤が指さしている先には文字が掠れている案内ポスターだった。


視野を広げて良く見れば、壁には色々なポスターが貼られていた。


『健康診断 毎月第一・第三水曜日 第二・第四土曜日』


『日曜日の場合は要相談』


『風邪予防! 手洗い・うがい 忘れずに!』


『お手洗いはこちらです→』


『みんなで予防! インフルエンザ』


などポスターの内容は様々だった。


その中には待合室と同じ白いプレートで、一階の案内図がひび割れた壁に貼られていた。


俺はその壁に近付き、プレートの地図にスマホをかざして写真を撮った。


パシャリ。



◇アイテム入手◇

『一階の案内図の写真を手に入れた』



写真を撮るには薄暗かったのでフラッシュ撮影を行った。


神澤 真梨菜:「何撮ったの?」


シャッターの音に反応して振り向いた神澤は、壁の前で撮った写真の確認をしている俺に首を傾げる。


望月 愼介:「病院の案内図……って言っても、待合室周辺のな。だから廊下の先に何があるかは分からん」


二階への階段やリハビリルームに向かうまでの廊下は表示されていない。


簡易的な待合室の案内図だ。


地図の矢印の先にはそれぞれの部屋に入る為の扉がある。


表示されていない廊下にも扉が見えた。


神澤 真梨菜:「あ、ここ開いてる!」


神澤は受付の右隣にある扉を引き開けた。


神澤 真梨菜:「うわぁ、クモの巣がヤバイ」


開いた扉は受付の内側に続いていたらしく、神澤は辺りを見回して虫を警戒しながら受付カウンターの前に立った。


望月 愼介:「そっから撮ったら画になりそうか?」


神澤 真梨菜:「ん~……どうだろ。こっから撮ったら病院だって分かりにくいんじゃん?」


確かに一目で病院だと認識できる方が『病院=怖い』という先入観で恐怖を植え付けやすい。


望月 愼介:「じゃぁ、中の様子はどうだ?」


俺は壁の前から離れ、受付に歩み寄る。


神澤 真梨菜:「棚から落ちたファイルがはじけて中の紙が散乱してるよ。カルテかな?」


神澤は足元に落ちている紙を拾い上げ、受付の前に立つ俺に差し出した。


カウンターに置いた一枚の紙を一緒に覗き込む。


殴り書きしたような読めない文字が並んでいる。


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