第5話


望月 愼介:「わりぃ、遅れた」


俺は通い慣れた居酒屋に入り、先に飲んでいる深谷冬樹ふかやふゆきに声を掛ける。


深谷 冬樹:「おー、来た来た。お疲れぇ~」


ビールを飲みながらもつ煮込みを食べている深谷が笑顔で手招きをする。


俺は誘われるまま深谷の前の椅子に腰を下ろした。


深谷 冬樹:「残業だなんて、お前も仕事熱心になったんだな」


からかうように笑って、深谷はジョッキに残るビールを飲み干した。


望月 愼介:「別に俺は、仕事したかねーよ」


あんな夢を見たあとで情けない話だが、自分で貼り付けた男の黒い影すら恐怖心を抱き、なかなか作業が進まなかった。


しかも太田に「これじゃ怖くないよ」とダメ出しされ、無理矢理作成し直した結果、深谷との待ち合わせに遅れてしまったのだ。


望月 愼介:「あ、すんません。ビールと唐揚げと焼き鳥タレ盛り合わせ、お願いします」


深谷 冬樹:「俺もビールおかわりで」


顔馴染みの店主に手を上げて注文を伝えると、深谷も空のジョッキを揺らして見せた。


カウンターの向こうの店主は顔に深いシワを作って笑い、焼き鳥を焼き始める。


タバコをふかしていると、店主の奥さんがジョッキを二つ持って来た。


年寄りには重たいであろう、ビールがたっぷり注がれたジョッキを俺と深谷は手を伸ばして受け取る。


奥さん:「あら、ありがとね」


そう言って笑う奥さんの顔も店主と同じくらいシワだらけだった。


カウンターに戻る奥さんの腰の曲がった後姿を見ながら、確か年齢は70を超えていたような気がするな、と思った。


深谷 冬樹:「じゃ、お疲れ~」


望月 愼介:「お疲れ~」


深谷の声に合わせてジョッキを突き合わせる。


カチンッと喉が渇く音に誘われて、俺はゴクゴクとビールを飲み下した。


深谷 冬樹:「っぷは~」


望月 愼介:「はぁ~……」


深谷ののどごしを楽しむ声と俺の溜め息が重なった。


深谷 冬樹:「なに、やけに疲れてんじゃん。珍しいね」


望月 愼介:「なんか今日は凄い疲れてるわ」


深谷 冬樹:「残業のせいだろ?」


望月 愼介:「いや、そうじゃなくて」


夢の話をしようとすると、奥さんが良い匂いと共に現れた。


奥さん:「はい。唐揚げと焼き鳥の盛り合わせね」


俺と深谷の間に揚げたての唐揚げと、5本の焼き鳥盛り合わせを置いて、奥さんはすぐに離れて行った。


深谷 冬樹:「で?」


続きを話せと深谷は目で言う。


俺は焼き鳥を串から抜きながら口を動かす。


望月 愼介:「変な夢見てさ……」


俺は過去に使用した廃墟で黒い少女に追い掛けられた話をした。


事務所で幻覚を見てしまった事も。


……妙に重い肩も。


深谷 冬樹:「それ、怖いから何でもそー見えてるだけじゃねぇの?」


串から抜い焼き鳥を食べながら俺の話を聞いていた深谷は、少し考えるような表情を浮かべたあと、笑ってそう言った。


望月 愼介:「俺もそう思うんだけどさ、行ったこと無いはずなのに妙にリアルで……」


俺が見た少女の黒い影や肩を掴まれた感触は『怖いからそう見えた』では片付けられなかった。


深谷 冬樹:「その廃墟の画像ある?」


俺はレモンを絞り掛けた唐揚げを口に放り込み、報告があった廃墟の画像を見せる。


深谷はスマホを覗き込むと、険しい顔をする。


深谷 冬樹:「体験報告が嬉しくて……とかじゃなくて?」


望月 愼介:「話題になってるのは有難いけど、報告自体は特になんとも……」


深谷 冬樹:「まぁ、あれだ。仕事中に居眠りしちまうほど疲れてたから変な夢見ただけだろ。心霊写真なんか作ってっから見た夢がたまたま‟怖い夢”だったんだって」


望月 愼介:「でも」


深谷 冬樹:「じゃあ仮に少女の霊が本物だとして、お前が心霊写真ばっか作ってるから霊が寄って来るだけだろ。霊は不器用だから自分の存在を知らせるやり方が下手なんだよ」


確かに深谷の言う通りかもしれないと思った。


夜中に家のゴミ箱の蓋をパタパタ動かして音を立てたり、トイレの水流したり、寝ている人の前髪を触ってみたり。


それらは全て俺が子供の頃に実家で起こった怪奇現象で、親戚が死ぬ間際や死んだ時にする『最期の挨拶』だと母は言っていた。


子供の頃の俺は挨拶に来るなら音を立てて怖がらせるより、夢に出てきてくれれば良いのに、と思っていた。


深谷 冬樹:「あんまり気にしなくていいと思うけどな。怖いって思うから在りもしないものが見えたり聞こえたりすんだよ。気の持ちよう。だから深く考えんな」


深谷は箸で摘まんだぼんじりを口に含んだ。


望月 愼介:「だと良いんだけど……」


そう言いながら少女が挨拶に来る理由が見つからなかった。


もしかしたら今の姿ではなく少女の姿で現れたのかもしれないが、黒い人影では誰だか判断できなかった。


深谷 冬樹:「はぁ……だって‟お前にだけ”少女が現れるっておかしいだろ?」


望月 愼介:「え……‟だけ”って何?」


俺は深谷の言葉を聞き返す。


深谷 冬樹:「何って……あ、いや、忘れてるなら気にすんな」


望月 愼介:「いや気になるだろ」


俺は何を忘れてるんだ?


深谷 冬樹:「……20年も前だし、お前も俺たちも悪くない。だから気にするな。忘れろ」


望月 愼介:「20年、前……」


俺は11歳の少年だった。


深谷も。


小学5年生の俺たちは何をしてしまったんだ?


真実を聞きたかったが深谷は‟忘れろ”と有無を言わさぬ視線を向けてくるので、更に質問を続ける事は出来なかった。


望月 愼介:「まぁ忘れちゃうくらいの事なんだろうな」


そう言い聞かせて俺はジョッキを掴み、不安とビールを一気に飲み干した。




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