第4話
望月 愼介:「うわぁッ!?」
神澤 真梨菜:「きゃぁッ!?」
大きな声を出して跳び上がると、見慣れた景色を背景に視界の隅に驚いた顔の神澤が見えた。
神澤 真梨菜:「だ、大丈夫……?」
望月 愼介:「あ、あぁ……」
俺は部屋を見回し、仕事場だという事を確認すると安堵の溜め息を漏らした。
どうやら俺は椅子に座ったまま眠ってしまったようだ。
頬杖をついていたので右頬と、肘掛に押し付けていた右肘が少し痛む。
神澤 真梨菜:「私の名前呼びながら呻ってたけど怖い夢でも見たの~?」
神澤は小馬鹿にしながらクスクス笑っている。
望月 愼介:「んなわけ……」
俺はそう言いながら首を回して、肩を揉んだ。
短い夢だったのに、ひどく疲れた。
妙に肩が重い。
いや、気がするだけだ。
気のせい。
ガチャ……
突然、事務所の 扉が開いた。
電気が消えた。
俺は反射的に扉の方を向く。
黒い人影が立っている。
望月 愼介:「…… 嘘だろ」
俺は震える唇で小さく呟いた。
黒い人影の腕が動く。
指先が動くのをはっきりと見た。
パチッ
事務所の 電気が点いた。
太田 一秀:「ごめんごめん。間違えて消しちゃったよ~」
神澤 真梨菜:「もう、ビックリしましたよ。望月さんといい、私を驚かせて楽しんでるんですか?」
黒い人影は太田だった。
でも太田にしてはシルエットが 細かったような気がした。
いや、驚いて細く見えたのだろう。
暗い部屋で影が同化して、太い体を隠していたのだ。
あんな 夢を見た直後だから、そう見えただけだ。
そうに決まってる。
太田 一秀:「なに、望月さんも神澤さんを驚かせたの?」
笑いながら自分のデスクに向かう太田の背中を見つめる。
やっぱり黒い影はあんなに横幅は無かった。
じゃあ、あれは……。
いや、もう考えるのは止めよう。
あれは見間違い。
寝ぼけていたんだ。
神澤 真梨菜:「居眠りしてた望月さんを起こしたら、いきなり叫ぶんですよ? 怖い夢見てたみたいです」
太田 一秀:「へぇ。望月さんにも怖いものがあるんですね」
俺をからかう神澤につられて太田も笑い、パソコンの電源を入れながら「興味あるなぁ~」と俺を見た。
望月 愼介:「目が覚めた瞬間、忘れちゃいましたよ」
話したくなかった俺は、期待の眼差しを無視した。
神澤 真梨菜:「えぇ~」
神澤は俺をいじるネタが無くなったのか、自分のデスクに向かった。
太田 一秀:「ハハハ。仕方ないよ。でも怖い夢なら心霊写真のネタになったかもね」
太田はキーボードを叩きながら、残念そうに溜め息を吐いた。
望月 愼介:「そうですね……」
俺は首を回して肩を揉み、目頭を親指の腹で強く押した。
太田 一秀:「痛いの?」
太田は険しい顔で筋肉を揉み解している俺に気が付き、心配そうに声を掛ける。
望月 愼介:「変な体勢で寝てたからなのか、神澤が俺の 肩を強く掴んだせいなのか……」
俺は痛む右肩を摩りながら反撃のつもりで神澤のせいだと言うと、彼女の鋭い視線が突き刺さる。
神澤 真梨菜:「私は左肩を揺すって起こしてあげたのよ? 居眠りの損傷を私のせいにしないでよね」
神澤の言葉に、俺は右肩を摩る手を止めた。
望月 愼介:「え?」
驚かずにはいられなかった。
神澤 真梨菜:「左右も分かんなくなるくらい怖い夢だったの? 望月さん、 右手で頬杖ついて寝てたし、私は左側に居たでしょ?」
確かに俺が起きた時、神澤は視界の左側に立っていた。
神澤のデスクは俺のデスクから見て左側だし、彼女がわざわざ右側に来て肩を揺するとは考えにくかった。
神澤 真梨菜:「本当は覚えてるんじゃないの~?」
再び俺で遊べると思ったのか、神澤は作業の手を止める。
望月 愼介:「夢は忘れたよ。まぁ目の疲れから来る肩こりだろうな」
太田 一秀:「目が疲れるほど作業してるなら、もう写真は 完成したの?」
望月 愼介:「あー……」
俺は自分のデスクに置かれたスマホに手を伸ばし、作業状態を確認する。
望月 愼介:「もう少しかかりますね」
スマホの画面に映し出された画像は、まだ大雑把な配置しか決まっていない状態だった。
張り付けた画像の淵をぼかしたり、色彩調整や細かな作業が残っている。
そこで太田が事務所を出ている間に仮眠を取ろうと目を閉じたのだと思い出した。
太田 一秀:「今日中に頼みますよ」
太田はパソコンのモニターを見つめながら口を動かした。
望月 愼介:「了解です」
そんな簡単に作れねぇんだよ、と思いながら廃墟の画像に黒い人影を貼り付けただけの写真の編集を再開する。
まずは人影の淵をぼかそうとアプリを開いて画像を選択すると、パッと未完成の画像が表示される。
それを見て俺は間違った画像を表示させてしまったのかと思った。
なぜなら、自分は男の黒い影を合成したはずなのに、表示された画像には夢で見た少女の黒い影が合成されていたからだ。
記憶にない合成写真。
俺は怖くなって思わずスマホから手を放してしまった。
カタンッと音を立ててスマホは画面を下にした状態で床に落ちる。
だが俺はすぐに拾い上げられなかった。
拾い上げたスマホの伏せられた画面を見た時、少女の黒い影が近付いて来ているかもしれないと想像してしまったからだ。
太田 一秀:「どうしたの?」
座ったまま床を見下ろす俺を見て、太田が声を掛けてくる。
望月 愼介:「いえ、問題無いです」
俺は太田に背中を押されるような形で、恐る恐る床に転がるスマホに手を伸ばした。
デスクの下で画面を表にする勇気は無かったので、照明が当たるデスクの上で伏せたままのスマホをひっくり返した。
望月 愼介:「……」
スマホの画面から少女の黒い影は消えていて、俺の記憶通りの画像が表示されていた。
なんなんだよ、もう……。
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